枕草子
平安中期に書かれた日本で最初の随筆文学作品。作者は一条天皇の中宮定子に仕えた清少納言で、宮廷生活を活写した。
平安中期の長徳2年(996)ごろから寛弘5年(1008)ごろの間に成立した日本最初の随筆文学。作者の清少納言(せいしょうなごん)は、一条天皇の中宮(ちゅうぐう。のちに皇后)定子(ていし。関白藤原道隆の娘)に仕えた。父は歌人・学者として名高い清原元輔(きよはらのもとすけ)。清少納言が長期の宿下がりをしていた時、定子から賜った料紙に、木草鳥虫の名や歌枕などを思いつくままに書き続けたことから執筆が始まり、以後、身辺で起こった出来事や聞き知ったこと、日常生活で感じたことを書きつづっていったもの。全体は300ほどの章段から成り、主題に合ったものを列挙する「ものはづけ」章段(「類聚章段」とも)、自然に対する思いや人間観・生活風景などを自由な形式で描写する「随想的章段」、宮仕えなどの体験談を述べる「日記的章段」などに分類される。宮廷にいる人たちや自然に対して示される批評・感想が鋭く、感性が豊かと現代でも評価が高い。
清少納言は、確かな生没年は未詳であるが、康保3年(966)ごろに生まれ、治安・万寿(1021~28)ごろに死去したと推定されている。天元4年(981)、橘則光(のりみつ)と結婚するが、後に別れる。正暦4年(993)、定子の後宮に出仕し、長保2年(1000)、定子が死去すると、清少納言も宮廷を去り、その前後に藤原棟世(摂津守)と再婚したが、晩年は零落したらしい。『枕草子』に見る定子の美々しい姿は、定子に対する讃美であると共に、挽歌でもあった。鎌倉時代の評論『無名草子』に、『枕草子』には清少納言の心情が表れており、「いとをかしう侍れ」(大層興味深い)と記されている。
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東京都台東区に所在。「清少納言図」や「小袖 白綸子地流水松藤模様」「詩哥写真鏡・清少納言」などを所蔵。
東京都立川市に所在。豊富なデータベースから『枕草子』をはじめとする多くの古典籍を閲覧できる。
作家清川妙氏による枕草子についてのエッセイが読める。
参考文献
- 小学館
- 川村裕子 著,角川学芸出版,角川グループパブリッシング