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「当世遊里美人合」 / 立命館ARC

美人画

女性美を主題に描いた絵画で、江戸から明治にかけては「美人絵」「女絵」などと呼ばれていた。菱川師宣の『見返り美人図』などが有名。

特に美しい女性をモデルとし、容姿や内面的な美しさなどの女性美を主題として描く人物像のジャンルである。

江戸期に入ると、庶民の需要に応じて町絵師たちが芝居小屋と遊里といった二大悪所に生きる人々の姿を頻繁に描くようになった。美人画はそうした背景の中で確立する。なお「美人画」という用語は大正4年(1915)の第9回文部省美術展覧会(文展)で「美人画室」が設けられ、展示された作品が人気を博したことから一般化した言葉で、江戸初期~明治ごろまでは「美人絵」「女絵」と呼ばれていた。

題材となったのが遊女たちである。寛文期(1661~1673)には屏風画の掛幅の中に、遊女が一人立ちの姿で描かれる寛文美人図が登場。『見返り美人図』を描いた菱川師宣(ひしかわもろのぶ)らによって一人立ちの美人画様式が確立された。

明和期に活躍した鈴木春信は遊女に加えて町で評判の看板娘をモデルに美人画を描いた。中でも谷中笠森稲荷前の水茶屋・鍵屋のお仙の絵は大変な人気を博した。寛政期(1789~1801)に入ると、鳥居清長(とりいきよなが)が八頭身美人や外の風景の中に遊ぶ女性群像を描き、喜多川歌麿(きたがわうたまろ)が大首絵でクローズアップして心の内までを表現した肉感的な美人画で人気を集め、庶民・家庭の女性を魅力的に描くなど、美人画は百花繚乱の様相を呈した。

勝川春章の門を追われた一人の絵師が寛政7~11年(1795~1799)にかけ、2代目俵屋宗理(たわらやそうり)を名乗り、細身の美人画を描き注目を浴びる。2代目宗理は知らぬ者のない絵師となるのちの葛飾北斎(かつしかほくさい)で、この時期に「宗理型美人」と呼ばれる美人画の典型を作っている。

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  • 渋谷区に所在。町方の女性や、謡曲、王朝美人などを主題にした美人図で活躍した上村松園(うえむらしょうえん)の作品を所蔵している。

参考文献

  1. 安村敏信 著,敬文舎
  2. 守屋正彦 著,東京美術