遍路
室町期から江戸期にかけて弘法大師ゆかりの聖地、四国八十八所を廻る巡礼や巡礼者
一定の順路に従って霊場を参詣して回ること。とくに四国八十八所巡礼、またはその巡礼者を指すことが多い。四国八十八所が普及するのは西国三十三所と同じく室町中期以後で、江戸時代には庶民の巡礼も盛んになり、案内記も刊行された。平安時代に四国海辺を回る四国辺地(へち)とよばれる廻国修行が行われ、阿波国(あわのくに)(徳島県)を発心(ほっしん)の道場、土佐国(高知県)を修行の道場、伊予国(いよのくに)(愛媛県)を菩提(ぼだい)の道場、讃岐国(さぬきのくに)(香川県)を涅槃(ねはん)の道場と呼び、各道場を巡拝することを遍路と称するようになった。この廻国修行には熊野信仰の影響があるとされる。讃岐出身の空海(弘法大師)の死後、真言僧の間に空海の聖跡を巡歴する風習が起こり、それが四国辺地の霊場と結びついて八十八所巡礼が普及したと考えられている。四国八十八所の一番札所(徳島県鳴門市の霊山寺)から時計回りに巡るのを「順打ち」、八十八番(香川県さぬき市の大窪寺)から反時計回りに巡礼することを「逆打ち」という。結願すると高野山(こうやさん)にお礼参りに行く習わしがある。巡礼者は草鞋(わらじ)ばきで、白衣に手甲、脚絆をつけ菅笠をかぶる。輪袈裟(わげさ)をつけて、手に数珠と鈴をもち、金剛杖をつく。菅笠や金剛杖に記す「同行二人」は、弘法大師との二人連れを意味するとされる。巡礼道沿いには遍路に施しをする「お接待」や、宿を提供する「善根宿(ぜんこんやど)」の慣習が残る。
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四国八十八ヶ所霊場会は八十八所霊場の寺院で構成される。霊場紹介や遍路心得などのページがある。
「四国遍路」「空海」の頁で、関連絵図・古文書が閲覧できる。
四国遍路世界遺産登録推進協議会によるサイト。
参考文献
- 加藤友康 [ほか]編,吉川弘文館
- 歴史学研究会 編,岩波書店