日本各地に伝承する昔話の一つ。老婆が川で拾った大きな桃の中から男の子が誕生する。老夫婦は、男の子を「桃太郎」と名付けて育てる。やがて、桃太郎は一人前になり、老夫婦が作ったきび団子を持って、鬼ヶ島へ鬼退治に出発する。途中、犬、猿、キジにきび団子を渡して、彼らを仲間に迎えた桃太郎は、鬼ヶ島で鬼を退治して、金銀財宝を持ち帰る。
「かぐや姫」「瓜子姫」「一寸法師」などの昔話と同様、神から授かった子が特異な能力を発揮する物語の一種。成立は室町時代とみられているが、正確な時期は定かではない。江戸時代には、享保年間 (1716~36) に子ども向けの赤本が出版され、続いて大人向けの黄表紙、合巻にも取り入れられ、後日譚や翻案作品が多く創作された。明治時代には、文部省が刊行した『尋常小学読本 巻之一』(明治20年(1887)刊)や国定教科書、児童文学者・巌谷小波(いわやさざなみ)が編集した『日本昔噺』シリーズ(明治27~29年(1894~96)刊)の第一編に収録され、物語が標準化するとともに、日本全国に広く普及した。
関連するひと・もの・こと
かぐや姫をめぐる奇譚。日本最古の物語とされる
足柄山で育った伝説の怪童、のちの坂田金時(さかたのきんとき)とされる。
バラ科の落葉樹。美味しい果実、節句に飾る花として日本人に親しまれてきた。
家畜として最も歴史のある動物。日本でも古くから猟犬や番犬として用いた。桃太郎のお供になる。
古くは、山の神、厩神と敬われた動物。ニホンザルは全国に分布。桃太郎のお供になる。
日本の国鳥。古来、羽根の美しさが称揚され、食肉としても珍重された。桃太郎のお供になる。
江戸時代に盛行した浮世絵の中でも、多色刷りの木版画の総称。江戸時代~明治時代に、桃太郎を画題にした錦絵が多く作られた。
上方・江戸の町人文化が育んだ近世日本の文学。
本で知る
喜三二 作,恋川春町 画,[鱗形屋孫兵衛]
安永6年(1777)刊。黄表紙。『桃太郎』をパロディ化した、大人向けの絵本。作者は、江戸中期~後期に活躍した戯作者、朋誠堂喜三二(文)と恋川春町(画)。
市場通笑 作,鳥居清長 画
安永8 年(1779)刊。黄表紙。『桃太郎』をパロディ化した大人向けの絵本。作者は、江戸時代中期~後期の黄表紙作家、市場通笑。挿絵は、美人画で一世を風靡した鳥居清長によるもの。掲図は、桃太郎が元服する姿を見て、おばあさんをはじめ周囲の人々が喜ぶ場面。
夷福山人 作,歌川広重 画,佐野喜
天保元年~11年(1830~1840)頃刊。文学史で言う「赤本」ではなく、後人によりまとめられた江戸後期小本「赤本/昔ばなし」8冊の内の1冊。(ただし「源平盛衰記」(寄別3-6-1-1)巻末に画作者の歌「赤本のほんにめでたし/\と又板行もあら玉の春」があるので、当時この種の作品も「赤本」と称したことが判る。)表紙は素朴ながら木版多色摺で、歌舞伎の荒事風に力紙を付け広袖を諸肩脱ぎ、青鬼を踏まえ扇を胸の前に構えた桃太郎。背景は紅地に薄紅で宝尽くしを散らし、題名「桃太郎宝蔵入(ももたらうたからのくらいり)」、版元名「佐野喜板」を記す。見返には桃と串団子の絵の上に題名、「夷福山人作」(式亭三馬の門人で江戸末期の戯作者楽亭西馬)「歌川広重画」と、版元の所在「芝神明前」も記す。上端から黄色のぼかし下げ。柱題「もゝ太郎」
ダビッド・タムソン 訳述,弘文社
明治18年(1885)刊。明治時代に出版された、ちりめん本。「ちりめん本」とは、明治中期から昭和初期にかけて出版された小型の和綴じ本。 挿絵入りで日本の昔話などを外国語に翻訳したもので、外国人向けのお土産として人気があった。細かく皺を寄せたちりめん状の和紙を使用していることから「ちりめん本」と呼ばれる。
文部省編輯局,大日本圖書
明治20年(1887)刊。『桃太郎』が最初に採用された、国語の教科書。
北尾政美 画
天明1年(1781)刊。
古阿三蝶 画作,[伊勢屋治助]
天明4年(1784)刊。
桜川慈悲成 作,歌川豊国 画,[西村屋与八]
寛政7 年(1795)刊。
芳藤(画)
桜川慈悲成 作,歌川国丸 画,刊
文学史で言う「赤本」ではなく、後人によりまとめられた江戸後期小本「赤本/昔ばなし」8冊の内の1冊。(ただし「源平盛衰記」(寄別3-6-1-1)巻末に画作者の歌「赤本のほんにめでたし/\と又板行もあら玉の春」があるので、当時この種の作品も「赤本」と称したことが判る。)表紙は素朴ながら木版多色摺で、紅地の背景に薄紅で桃・分銅・隠れ笠・宝珠などを摺り出し、広袖に草鞋掛けで梵天を担ぎ風呂敷包みを背負って立つ桃太郎と、背に乗る猿、足もとの犬を描く。左肩に題名「桃太郎(もゝたらう)」。扉には網代模様を背景に円枠を描き、流れる桃に「慈悲成/いつの世に誰が/此種をまき/そめて/とし/\/さくを/見る/桃太郎」と歌を添える。巻末に「櫻川慈悲成作」「国丸画」あり、「歌川国丸」の絵。柱題「もゝ」。 (内容)「桃太郎」と題するが全く別の物語。後半は大江山の酒呑童子退治のような話。 1.何不足のない爺婆に、ある日桃太郎が一人で伊勢参宮したいと願う。2人はまだ幼年なので一人旅は早いと心配するが、旅中の注意を聞かせる。2.一人東海道を行くと、犬猿猪が供を願うので、話ながら歩むと往来の真ん中に大きな石があるので桃太郎は軽々と目より高く差し上げ、皆畏れる。3.一人旅の子どもと見て、盗人大勢宿に乱れ入る。桃太郎犬猿猪が働いて追い払うと、大薙刀を振り回して大きな法師武者が討ってかかる。桃太郎は桃を描いた扇を持ち飛鳥の如くあしらい、ついに生け捕り、頭巾を取れば大熊で、自分も供にしてくれと願う。4.桃太郎は獣たちを供に東海道を上り、ついに伊勢大神宮へ参詣し神前に通夜する。夢に御神の告げあり、大江山の飛天を退治せよとの命令で獣も同じ告げを被る。5.皆山伏の姿で丹波路をさして急ぐと、柴を負った山がつに出会う。此の老人は不思議の神酒を飲ませ、悪賊退治の心得を教える。「腕の血を絞って入れたので汝の力量は日頃に勝る、決して疑うな」6.どんどん行くと道の傍らに兎と雉が泣いている。訳を聞くと明日飛天童子に命を取られるという。7.人々は岩屋に辿り付き門番に山の主飛天童子に一夜の宿を許すよう頼んで欲しいと願う。8.飛天は一行の願いをすぐに聞き入れ、一行の歌、三味線、大鼓、猿引きの藝に悦に入り、手下も大酒盛りとなり、前後不覚の様子。9.童子はすぐに宿を貸して気を許させる計略だったが、意外に酒を過ごして酔い臥す。桃太郎は家伝の大太刀を取って童子に跨がり、大声で神の仰せで罰すると言う。童子は獣に手足を捕らえられ桃太郎に大盤石のように踏みしめられて起き上がれず、ついに縛される。10.桃太郎は万福長者となり子孫栄え、如意満足して喜び勇んだ。(木村八重子)
村井静馬 著,小森宗次郎
明治9年(1876)刊。
宮田伊助
明治14年(1881)刊。
ダビッド・タムソン 訳述,弘文社
明治19年(1886)刊。
小森宗次郎 編,小森宗次郎
明治20年(1887)刊。
堤吉兵衛 著,堤吉兵衛
明治21年(1888)刊。
ヘツドウイクシプロク訳、[鮮斎永濯] [画]モモタロウ : ドクブンニホンムカシバナシ
明治22年(1889)刊。
尾崎紅葉 著,大橋新太郎 編輯,博文館
明治24年(1891)刊。
榎本松之助 画作,榎本法令舘東京支店
昭和2年(1927)刊。
文部省 著,日本書籍
1918(大正7)年刊。
柳田国男 著,三省堂
昭和8年(1933)刊。
巌谷小波 著,東亜堂書房
大正4年(1915)刊。
北尾三二郎 画,刊
安永9年(1780)刊。
天明4年(1784)刊。
一九 作,[北尾重政] [画],西村屋与八
享和3年(1803)刊。
もっと知りたい
絵画に描かれた桃太郎
勝川春章筆,By Katsukawa Shunshō (1726-92),東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p> 勝川春章は役者絵に写実的表現を取り入れた江戸時代中期に活躍した浮世絵師。この作品は、お伽噺【とぎばなし】「ももたろう」の一場面、桃太郎の家来になった猿は鬼征伐の旅装束で桃の紋付を着ているが、よく見ると柿の模様も。「さるかに合戦」にも登場した猿だろうか。<br />(田沢裕賀氏執筆)<br /></p>
国貞画
江戸時代後期に活躍した浮世絵師、歌川国貞(三代豊国)の作品。雷を起こすとされる雷獣を桃太郎が退治している姿を描く。雷獣にまたがった桃太郎は左手で角、右手には取り上げた雷太鼓をつかんでいる。左下では、猿が雷獣の腰をおさえ、犬が足にかみついている。
作者不詳
文化12~天保13年(1815-42)。疱瘡よけのまじないに貼った赤一色で摺られた錦絵。桃太郎のほか、鍾馗、鎮西八郎為朝などが描かれた。
一英斎芳艶,常盤堂
「昔ばなし出世双六」と題するこの双六は、武者絵で有名な歌川国芳の弟子で、幕末に活躍した歌川芳艶が描いたもの。出版許可の印である改印は、つぶれていてはっきりしない部分もあるが、「申」と「改」の文字が確認でき、万延元年であることがわかる。ところが使用されている色は、やや毒々しい赤色が目立ち、明らかに明治に入っての摺りであることを示している。その上改印の周囲には埋木した跡があり、もともとは万延元年よりも以前に刊行された可能性もある。いずれにせよ版面の痛み具合からみて、かなりの数が摺られたようだ。
豊春, 不明
安永年間(1780頃)。江戸後期の浮世絵師で、歌川派の祖、歌川豊春の作。西洋の透視遠近法を取り入れた「浮絵」と呼ばれる種類の錦絵で、桃太郎が鬼を退治する場面を描いている。
北尾重政, 蔦屋 重三郎
豊国〈1〉, 秩父屋
雅信模,東京国立博物館
天保8年(1837)。
国芳, 越前屋平三郎
天保10年(1839)。
歌川国貞(初代)/画
弘化4年(1847)。
-
國芳
広重〈2〉,山甚 山城屋 甚兵衛
嘉永6年(1853)。
一魁斎芳年画
安政6年(1859)。
画工兼出版人
明治元年(1868)。
大阪心斎はし三ツ寺筋西へ入 川伝梓 川伝
菱川春宣、山崎暁三郎
明治23年(1890)。
京都国立博物館 Kyoto National Museum,Kyoto National Museum
-,村田
柴田是真/画,Shibata Zeshin
竹久夢二筆。
桃太郎をモチーフにした工芸品
金沢春吉/作
江戸時代から明治時代を中心に、東京台東区今戸やその周辺で製造販売された今戸焼の人形面。今戸焼職人は、瓦、日常生活道具、土人形、工芸品などの焼き物を製造販売した。作者の金沢春吉(1868~1944)は、幕末の今戸焼の名工作根弁次郎の孫で、「尾張屋」を屋号とする今戸人形の職人金沢家の養子となった。江戸時代からの流れを汲む最後の人形師の一人で、明治以降廃れていた今戸人形を再興した。
金沢くらしの博物館
大正時代の金沢の郷土玩具(金沢玩具)。戦後は加賀人形として独自の姿となるが、昭和初期まではこのような姿が主流だった。
「花巻人形」は、岩手県花巻市で江戸時代後期から作り続けられている土人形。京都の伏見人形、仙台の堤人形の流れを汲み、花巻で独自に発展。「東北三大土人形」の一つに数えられている。
「百々人形」は、昭和8年(1933)頃から、岡山県美咲町百々で作られるようになった郷土玩具。土を焼いてつくった人形の中に玉を入れ、鈴とした土鈴人形が代表的。
線刻銘「寿玉」,郷誠之助氏寄贈,Gift of Mr. Gō Seinosuke,東京国立博物館,Tokyo National Museum
明治時代(19~20世紀)。
神楽面
鹿児島県で使用。
東京都で使用。
練物 際物
撮影者不詳,,,
作成:不詳
動画を探す
岡山市吉備津地区。桃太郎のモデルとも言う神話が伝わります。なぜか人々は、退治された鬼・温羅(うら)に共感を抱きます。その理由や吉備津神社に伝わる謎めいた神事を紹介します。<br><br>(この動画は、2012年に放送したものです。)
山本早苗,山本早苗*, 撮影:相原隆昌*,小西六本店,タカマサ映画社
[サクラグラフ版]。竹馬に乗った桃太郎が自分の力を誇示する場面で、鬼の角を抜き、その角で頭を叩くと、鬼の目玉が飛び出るといったグロテスクな描写もある。山本早苗が若き日、アニメーション映画の技術を学んだ北山清太郎も『桃太郎』(1918)を作っている。文献によっては『日本一の桃太郎』との表記もある。
村田安司,漫画:村田安司, 監修:青地忠三,35mm版:岡本洋行(関東)*、奥商会(関西)*,横浜シネマ商会*
日本昔話のヒーロー、桃太郎が現代に登場し、鬼ヶ島ならぬ、南極へ凶暴な荒鷲退治に出かける。1931年の満州事変や翌年の上海事変の時期に公開されたこの作品は好評を博し、すぐに続篇『海の桃太郎』(1932年)が作られた。「桃太郎号」はこの時期、日本陸軍により制式採用された中島飛行機製の戦闘機「九一式戦闘機」に似ており、太平洋を飛行するためにガソリン補給が2回必要との設定も現実感を帯びている。村田の当時の言葉に「大鷲退治と出かけたのは空の王者で威張つてるアメリカあたりを当込んだ気味もあります」(『活映』1933年5月号)とあり、具体的には1931年にアメリカの飛行家チャールズ・リンドバーグが北太平洋横断に成功し、途中、日本に立ち寄ったことが念頭にあったと思われる。なお、岡本昌雄の評伝「村田安司と漫画映画(終)」(『映画テレビ技術』1992年8月号)の「村田安司・年譜/作品目録」の補足説明(48頁)によると、無声版とは別に日本ビクター・オーケストラによる伴奏版も製作された。
村田安司,漫画:村田安司,35mm版:岡本洋行(関東)*、奥商会(関西)*,横浜シネマ商会*
『空の桃太郎』(1931年)の好評を受けて、潜水艦による大鮫退治を描く『海の桃太郎』が作られた。水が不得手なキジが日本に居残りという設定が面白い。オリジナルは35mm版で303m 13分(20fps)。現存プリントは弁士や説明者が語り易くするなど、何らかの理由で、せりふや説明などの中間字幕が削除されたもの。「字幕採録」欄では、うっすらと数齣分残存している字幕画面や、『映画教育』1932年4月号など文献を参考に補ったものを載せた。
昔、岡山県南部にある鬼城山(きのじょうさん)に、温羅という鬼が住み、人々を苦しめていました。その話を聞いた時の崇神(すじん)天皇は、吉備津彦命(きびつひこのみこと)という人物に、温羅退治を命じました。温羅と戦い、追い詰めた吉備津彦命は、その首を切り落として、吉備津神社(きびつじんじゃ)にある釜の下に埋めました。首は地面の中でうなり続けましたが、温羅の妻に釜で米を炊かせたところ、うなり声は聞こえなくなったということです。 この話は、岡山県に古くから伝わる伝説です。この地方の名産品で、古くから魔よけとされてきた桃と結びついて、日本人誰もが知っている昔話『桃太郎』の元になったといわれています。岡山県南部の吉備地方には、温羅がいたという鬼城山、首が埋められたという吉備津神社など、伝説の舞台が実際に多く残っています。 また、巨大な古墳も多く残っていて、これは古代、吉備に大きな力をもった勢力がいたことを示しているとも考えられます。朝廷が吉備の勢力に攻め入った話が、温羅伝説となり、やがて桃太郎となって広まったという説もあります。
見に行く・調べる
国立国会図書館は、国会に属する唯一の国立の図書館です。国内外の資料・情報を広く収集・保存して、知識・文化の基盤となり、国会の活動を補佐するとともに、行政・司法及び国民に図書館サービスを提供しています。
『桃太郎』をテーマにしたミュージアム。『桃太郎』の古い文献や錦絵、玩具を展示しているほか、昔の桃太郎漫画映画が鑑賞できる「ミニシアター」、 鬼が飛び出す体感型アトラクション「鬼ヶ島洞窟探検」などがある。
岡山の桃太郎伝説の原型となったとされる、吉備津彦命(きびつひこのみこと)を祀った神社。
江戸時代後期(1830~40年頃)に刊行された絵本『桃太郎宝蔵入』(所蔵:国立国会図書館)を音声付で子ども向けに解説。
昔話「ももたろう」を映像化した動画を公開。
参考文献
- 「桃太郎」の項
- 「桃太郎」の項
- 「桃太郎」の項
- 責任表示
- 国立国会図書館
- 二次利用について
- 最終更新日
- 2025/10/08