渡辺崋山
洋学を学び、幕府の保守的な外交政策を批判した三河国田原藩士。西洋画の影響下、独自の画風を確立した画家としても知られる
1793ー1841(寛政5ー天保12)
江戸後期の蘭学者、画家。諱(いみな)は定静(さだやす)、字(あざな)は伯登・子安、通称は登で、崋山(はじめ華山と記す)は号。三河国田原(たはら)藩の家臣渡辺定通(さだみち)の長子として、江戸藩邸に生まれる。佐藤一斎(さとういっさい)や松崎慊堂(まつざきこうどう)らに漢学を学ぶ。貧困のうちに育ち、生計のため画を志し、谷文晁(たにぶんちょう)に才能を認められた。文政7年(1824)に家督を継ぐ。天保3年(1832)家老となり、海岸掛を兼務すると高野長英(たかのちょうえい)、小関三英(こせきさんえい)ら蘭学者と交わり、西洋事情を研究する。天保8年アメリカ船モリソン号が来航し海防が問題化する中(モリソン号事件)、翌9年幕府の鎖国政策を批判する『慎機論(しんきろん)』を著した。こうした動きは目付の鳥居耀蔵(とりいようぞう)に敵視され、長英らとともに捕らえられ、崋山は在所蟄居とされた(蛮社の獄)。蟄居中の画業が不謹慎と咎められると誤信し、藩主に迷惑がかかることをおそれ、同12年在所で自刃。
著作に前掲『慎機論』のほか、『西洋事情答書(せいようじじょうこたえがき)』などがある。画家としては、初期の作風は谷文晁や沈南蘋(しんなんぴん)の影響下にある花鳥画であったが、洋学への傾倒を背景に西洋画の遠近法や陰影法を取り入れ、独自の画風を確立した。特に写実性に富んだ顔貌表現に優れ、肖像画の代表作に「鷹見泉石(たかみせんせき)像」「市河米庵(いちかわべいあん)像」がある。ほか作品に「千山万水(せんざんばんすい)図」など。画の弟子に椿椿山(つばきちんざん)、岡本秋暉(おかもとしゅうき)がいる。
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愛知県田原市に所在。田原藩家老であった渡辺崋山の関係資料を展示。生い立ちから、藩士としての崋山、学者としての崋山、画家としての崋山、外国事情の研究、蛮社の獄、崋山の最期までその一生を紹介。また「一掃百態図」をはじめ画家渡辺崋山の残した作品を展示する。
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渡辺崋山の作品を多数収蔵。
渡辺崋山の蔵書印を紹介。
国会図書館 電子展示会 「江戸時代の日蘭交流」第2部「蘭学者の活躍」
参考文献
- 渡辺崋山 著,崋山会 編,崋山会
- 日立デジタル平凡社,平凡社