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長崎市

江戸時代、唯一の海外の窓口として発展。西洋との交流の風土を今も残す街。

長崎県南西部に位置する、県庁所在地。長崎半島および西彼杵(にしそのぎ)半島を市域とし、長崎湾を抱くようにして山腹の斜面まで市街地が発達している。元亀元年(1571)、この地を治めていた領主の大村純忠が、イエズス会のために長崎を開港。貿易港として急激に発展した。江戸時代の鎖国政策の中、海外への唯一の窓口として、出島、唐人屋敷、長崎会所などが設けられ、オランダ・中国との貿易で繁栄。洋学の地としても栄え、多くの学者や文人が長崎を訪れた。また、キリシタン伝道の地としても栄えたが、禁教によるキリシタン弾圧の地ともなり、隠れキリシタンがその伝統を受け継いでいる。明治時代になると、造船業が発展。昭和20年(1945)に原子爆弾が投下され、市街の3分の1が焦土と化し、死傷者15万に及んだ。長崎市は明治22年(1889)に、発足。編入をくり返し、平成18年(2006)の琴海町の編入により現在の市域となる。

ゆかりの人物

にしかわじょけん。江戸時代中期の天文学者。肥前長崎商家の生まれ。日本初の世界地誌『華夷通商考』を著した。

しんなんぴん。中国清の画家で、享保16年(1731)に長崎を訪れて2年ほど滞在。花鳥画の技法を伝えた。後、弟子らが南蘋派を形成した。

日本で最初の物産会を開き、エレキテルも製作した江戸時代の科学者。浄瑠璃も執筆。宝暦2年(1752)に長崎に遊学している。

文政6年(1823)出島のオランダ商館医として来日したドイツ人。長崎郊外に鳴滝塾を開いて診療とオランダ医学の教授にあたり、伊東玄朴、高良斎、高野長英らを育てた。

出島滞在中に本格的な蘭日辞典を編纂したオランダ商館長

咸臨丸で太平洋を横断しアメリカを見聞。江戸無血開城に成功した幕末―明治の政治家。長崎海軍伝習所に入門するため、嘉永6年(1853)に長崎を訪れている。

長崎を拠点に、幕末―明治初期、西南雄藩や幕府諸藩に武器弾薬、軍艦を売ったイギリスの貿易商

「亀山社中」(後の海援隊。場所は長崎)を組織し、討幕派を結集させた幕末の志士

3回の欧米渡航経験により脱亜を説き、慶応義塾を創始した幕末―明治の啓蒙家。安政元年(1854)に長崎に遊学している。

江戸時代末期から明治時代にかけて活躍した、日本における最初の写真家。長崎で生まれ、同地に上野撮影局を開いた。

江戸時代末期から明治にかけて活躍した実業家。土佐藩の土佐商会の主任として長崎で活動し、グラバーら外国商人と取引を行った。

名物・特産

長崎の市の花は「紫陽花」。シーボルトがハイドランゼア・オタクサという学名をつけ、世界に紹介した。

長崎の市の木。中国原産の落葉樹で、18世紀頃に長崎に渡来したとされる。烏臼木(うきゅうぼく)ともいう。

長崎市特産の果物。江戸時代に茂木地区で栽培が始まったとされる。

長崎市名物の麺料理。とんこつと鶏ガラをブレンドした、コクのあるスープに、エビ、イカ、キャベツなど具材が入る。

17世紀頃にオランダから伝わったとされる凧。長崎ではハタと読む。

長崎市発祥の和・洋・中の要素を取り入れた料理。

長崎市の名物菓子。16世紀頃にポルトガルから伝わったとされる。写真は、カステラの老舗福砂屋。

名所・史跡

江戸時代に長崎の出島に設けられた、オランダ貿易を扱う商館

江戸時代に長崎港内につくられた小島。鎖国中に西欧文物を移入する唯一の窓として機能した

長崎市の平和公園にある像。昭和30年(1955)の被爆10周年行事に向けてつくられた。

長崎市の中島川にかかる石造りのアーチ橋。重要文化財。寛永11年(1634)に中国の僧・黙子如定によってつくられた。

日本最古の教会。国宝。正式名は日本二十六聖殉教者聖堂。「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」を構成する文化財のひとつ。

長崎市下大野町にあるカトリックの教会堂。重要文化財。明治時代に竣工。「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」の構成資産のひとつ。

長崎市西出津町にあるカトリックの教会堂。重要文化財。明治時代に竣工。「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」の構成資産のひとつ。

19世紀に長崎で活動したグラバーの旧邸宅。「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」を構成する文化財のひとつ。

明治から昭和にかけて、炭鉱で栄えた島。正式名称は端島。「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」を構成する文化財のひとつ。

江戸時代に発見され、昭和まで稼働した炭鉱。「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産のひとつ。

長崎市と諫早市にある三菱重工業の造船所・工場。「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産のひとつ

出来事・行事

世界各地に宣教を展開したカトリック教会の男子修道会。日本にヨーロッパ文化を導入した

16世紀半ばから17世紀にかけて、ポルトガル人、スペイン人ら南蛮人と行われた貿易。その結果、日本に大航海時代の文化が流入した

16世紀末より17世紀初めに戦乱期にキリスト教の布教を保護し、自らも洗礼を受けた戦国大名

キリスト教が禁止された江戸時代初期以降の日本で、230年にわたって信仰を守り通してきた人びと

豊臣秀吉の時代、キリシタン大名らがローマ教皇のもとに派遣した4人の少年使節団

長崎県長崎市にある諏訪神社の秋季大祭「長崎くんち」。市内の59の踊町(おどりちょう)が7組に分かれ、7年に一度回ってくる当番の踊町が演し物(だしもの)を奉納する。

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参考文献