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後鳥羽院本(烏丸光広奥書本)三十六歌仙絵(模本) / 東京国立博物館

紀貫之

和歌の文学・芸術的価値を高めた、平安時代を代表する歌人

868?―945?(貞観10?―天慶8?)

平安時代の歌人。文学者。三十六歌仙の一人。生没年は諸説あるが、『古今和歌集』成立の延喜5年(905)には30代後半で、天慶8年(945)頃、80歳ほどで没したとされる。最終官位は従五位上木工権頭(じゅごいのじょうもくごんのかみ)。

父は紀望行(きのもちゆき)。幼名は「紀氏系図」に「内教坊阿古久曾(ないきょうぼうのあこくそ)」とあり、母は内教坊出身の女子で、貫之もそこで生育したという説がある。

早くから歌才に優れ、寛平5年(893)9月以前の、是貞親王歌合(これさだのみこのいえのうたあわせ)、寛平御時后宮歌合(かんぴょうのおおんとききさいのみやのうたあわせ)に20代の若さで詠出(えいしゅつ)、『新撰万葉集』に入選する。その後、醍醐天皇の命による初の勅撰和歌集『古今和歌集』の撰者の一人に選ばれて中心的な役割を果たし、延喜5年(905)4月18日、完成した『古今和歌集』が醍醐天皇に奏上された。貫之が書いたとされる仮名序(かなじょ)は、和歌より漢詩文が重要視されていた時代において、和歌の本質と効用を述べ、その後の文学に大きな影響を与えた。また、自身の歌も最多の102首を収めている。歌風は理知的で技巧に優れ、屛風歌の名手としても活躍した。

歌人としての華々しい活躍とは別に、官人としての官位は低く、『古今和歌集』成立の頃は御書所預(ごしょどころあずかり)、その後は加賀介、美濃介など地方官を歴任する。延長8年(930)、60歳を過ぎて土佐守となり、承平5年(935)に帰京した際の旅について記したのが、『土佐日記』である。作者を女性に仮託し、仮名文と和歌で綴られる『土佐日記』は、新しい文学ジャンルを生み、その後、女性を中心とした仮名文字の広まり、後宮文学の発展につながる。著作は他に撰集『新撰和歌集』、家集『貫之集』など。

 

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桜散る木の下風はさむからで空にしられぬ雪ぞ降りける(『拾遺和歌集』春・六四)
藤原公任や藤原定家に高く評価され、古来愛唱されてきた紀貫之の名歌。近代に入り正岡子規が俳句の革新運動を展開する中で、「『空に知られぬ雪』とは駄洒落にて候」(『歌よみに与ふる書』明治31年)と批判した歌としても有名である。 図は、可憐で繊細な美人画で人気を博した江戸時代中期の浮世絵師・鈴木春信が描く歌の場面(『三十六歌仙・紀貫之』)。

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  • 平安時代から江戸時代の京都文化を中心とした文化財を取り扱う地域に根ざした博物館です。

  • 重要文化財「寸松庵色紙 伝紀貫之筆」、「上畳本 三十六歌仙絵 紀貫之像」を所蔵。三十六歌仙絵は、「佐竹本」と並び現存最古といわれる。

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  • 「高野切第一種」(伝 紀貫之)を所蔵している。

  • 土佐日記の内容や当時の背景などが、動画で学べる。

  • 『土左日記』の写本(重要文化財)を見ることができる。藤原為家が嘉禎2年(1236)に、紀貫之の自筆原本を忠実に書写したものとされる。

  • 住吉如慶(1599ー1670)が描いた「三十六歌仙画帖 紀貫之」をデジタル画像で見ることができる。

参考文献

  1. 大岡信 著,筑摩書房
  2. 藤岡忠美 [著],講談社
  3. 目崎徳衛 著,吉川弘文館
  4. 紀貫之 著,萩谷朴 校註,朝日新聞社
  5. 片桐洋一, 後藤明生 著,新潮社
  6. 正岡子規 著,報文社
  7. 正岡子規 著,光文社