1786-1864(天明6-元治1)
江戸時代後期から幕末の浮世絵師。江戸生まれ。姓は角田(すみた)、俗称は庄蔵、のち肖造と改める。歌川派繁栄の端緒を開いた初代歌川豊国(とよくに)の門人。弘化1(1844)年に二代豊国を襲名したが、すでに豊重が二代豊国を襲名していたため、今日では三代と数えられている。役者絵と美人画で絶大な人気を博し、歌川派の総帥として幕末の浮世絵界を牽引した。画号には、五渡亭(ごとてい)、香蝶楼(こうちょうろう)、一陽斎(いちようさい)、喜翁(きおう)などがあり、50年以上にわたる活動期間で手掛けた作品数は、全浮世絵師の中で最多といわれる。
また、江戸時代後期に大衆の間で流行した長編絵入り小説「合巻(ごうかん)」の挿絵の第一人者としても活躍。式亭三馬(しきていさんば)、山東京伝(さんとうきょうでん)、柳亭種彦(りゅうていたねひこ)、曲亭馬琴(きょくていばきん)などの人気作家とともに、数多くの作品を世に送り出した。中でも、柳亭種彦作、歌川国貞画による『偐紫田舎源氏 (にせむらさきいなかげんじ) 』は、『源氏物語』を室町時代に移して翻案した作品で、 国貞の美しい挿絵も好評を得て一世を風靡。13年間に38編 152冊が刊行され、江戸時代末期を代表する未曽有のベストセラーとなり、本作の場面や主人公を描いた浮世絵の派生作品(源氏絵)も多数制作された。
関連するひと・もの・こと
江戸時代に盛行した浮世絵の中でも、多色刷りの木版画の総称。
女性美を主題に描いた絵画で、江戸から明治にかけては「美人絵」「女絵」などと呼ばれていた。国貞は浮世絵美人画を得意とした。
写楽を超える人気を誇った役者絵の巨匠。国貞の師匠。
奇想天外な構図と斬新な画風で知られる幕末の浮世絵師。初代豊国に師事し、国貞の弟弟子にあたる。
江戸後期を代表する戯作者。『南総里見八犬伝』の著者。歌川国貞画による絵入り小説を出版。
『東海道中膝栗毛』で一躍流行作家となった江戸時代の戯作者。歌川国貞画による絵入り小説を出版。
黄表紙・洒落本・読本など、あらゆるジャンルを開拓した江戸後期を代表する戯作者。歌川国貞画による絵入り小説を出版。
化政期に活躍した歌舞伎作者。江戸庶民の生活を活写する生世話物を大成した。歌川国貞画による絵入り小説を出版。歌舞伎の脚本をもとにした芝居本を歌川国貞の挿し絵で出版。
幕末から明治前期にかけて活躍した歌舞伎作者。作品総数は約360に及び、江戸歌舞伎の集大成者とされる。歌舞伎の脚本をもとにした芝居本を歌川国貞の挿し絵で出版。
幕末から明治中期の日本画家。写実性の高さと特異な画風で知られる。歌川国貞と合作している。
江戸を中心に発展した町人文化。滑稽本や浮世絵の出版文化が発展し、国学や蘭学も大成した。
文化・文政から天保期にかけての役者絵
文化年間から幕末までの絵本。
上方・江戸の町人文化が育んだ近世日本の文学。
本で知る
柳亭種彦 作,歌川国貞 画,鶴屋喜右衛門
柳亭種彦作・歌川国貞画による合巻(長編絵入り小説)。文政12年(1829)~天保13年(1842)の10年以上にわたって刊行された人気シリーズ。『源氏物語』の翻案で、舞台を室町時代に置き換えたものであったが、当時の江戸幕府の将軍、徳川家斉の大奥生活を描いているとされ、天保の改革で絶版の処分を受け、未完に終わっている。全40編。
式亭三馬 作,歌川国貞 画,鶴屋金助[ほか2名]
滑稽本。横本1冊。もと上中下3巻を合綴したもの。式亭三馬作、歌川国貞(1世)画。刊記に「文化八辛未年正月二日開市」とあり、「正本所」として塩屋長兵衛・鶴屋喜右衛門・鶴屋金助の3軒が並ぶ。題名の「客者」の読みは、内題がすべて「かくしや」、見返しに添付の包紙が「きやくしや」(掲出本は表紙欠。別本の表紙も「きやくしや」)で、一般の事典類等には「かくしや」で通じている。特に乞うて八文字屋自笑の序文を掲げているように、八文字屋刊行の役者評判記の体裁と内容を模して、歌舞伎の観客を位付けして評判するという内容で、資料の乏しい観客研究においてよく用いられる。役者評判記仕立てのパロディという点では烏亭焉馬の洒落本『客者評判記(きやくしやひやうばんき)』(安永9年[1780]刊)が先行するが、こちらは対象が遊客と岡場所で、挿絵も忠実に役者評判記を模する。対して本書は、開口の挿絵こそ「西川祐信のむかしゑにならふて」とするが、本文の挿絵ではパロディを離れて、観客の諸相を活写している。三都見物の区別から、贔屓定連、芝居好、見功者、芝居通、訳知り、役者きどり等、様々な客層の種別が対話形式によって評判されてゆく。巻末の広告によれば、以上3巻は初編の位置づけで、「惣客者目録」にみえて本文に記載のない「実悪の部」以降は、残編に予定されていたようだが未刊。(児玉竜一)(2016.2)
南仙笑楚満人 作,歌川豊国,歌川国貞 画,伊賀屋勘右衛門
中本型読本(〈中本もの〉)。南杣笑楚満人著・口絵歌川豊国画・挿絵歌川国貞画。文化5年(1808)刊。2巻2冊(合1冊)。
大正9(1920)年 春陽堂 大正6年、歌川豊国を中心とする役者錦絵約15000点が早稲田大学図書館に入ると、逍遥はそれに自身が蒐集したものを合わせた約2000点を元に、芝居絵から舞台の実際に迫る画期的な研究書『芝居絵と豊国及其門下』を執筆した。
歌川国貞(画)柳亭種彦(作)
柳亭種彦作、歌川国貞画による合巻(長編絵入り本小説)。1815~31年(文化12~天保2)の約15年間にわたって刊行された。歌舞伎を題材とした7つの物語で構成され、役者似顔の挿絵にト書(とがき)や道具立てなども記し、歌舞伎の台本風に仕上げた画期的な作品。
曲亭馬琴(著)、 歌川国貞(画),和泉屋市兵衛
滝沢馬琴作の合巻。全10集の内、1~2集の挿し絵を歌川国安、3~10集を国貞(途中で三代豊国に改名)が担当。天保2年(1831)~弘化10年(1847)にかけて刊行された。
十返舎一九 作,歌川国貞 画,山本平吉
文政3年(1820)刊。
馬琴 作,國貞 画,西村屋與八
『牽牛織女願糸竹』。滝沢馬琴作・歌川国貞画による合巻。文政10年(1827)刊行。
山東京伝 作,歌川国貞,歌川国直,歌川国芳 画,河内屋源七
文化13 年(1816)刊。
鶴屋南北四世 作,歌川国貞 画,河内屋太助
天保2年(1831)刊。
河竹其水 著,国貞 画,蔦屋吉蔵
もっと知りたい
美人画
-,歌川国貞
江戸駿河町三井越後屋の店前に三美人を並べる浮世絵。駿河町越後屋に関する浮世絵は、駿河町越後屋正月風景図や広重の名所江戸百景にみられるように中央に富士山を配し、左右にえちごやを配する構図が定型となっているが、本資料も同様の構図を踏襲するものである。ただ、三美人を配する点で変化があり、興味深い。
歌川国貞(1786-1864)は、江戸生まれ。少年期に初代歌川豊国に入門、美人画と役者絵に特に優れるほか、幅広いジャンルで多くの業績をのこし、歌川派のリーダーとして活躍した。晩年には「二代豊国」(実際は三代)を襲名。本作は、突然の雷雨にあわてる女性たちの各人各様の動きのある姿を、横長の構図を生かした構成で描いている。一瞬に閃く稲光をも、三枚続きの画面を横断するジグザクの朱い線としてあらわしている。
-,歌川国貞
多くの参宮者が訪れた伊勢古市は、江戸吉原や京都島原などに並ぶ大歓楽街でした。この浮世絵は、美人画・役者絵師として大いに人気を博した歌川国貞(三代豊国)が古市を代表する妓楼備前屋(別名牛車楼・桜花楼)を描いた美人画で、江戸の版元西村屋から出版されました。絵柄は、艶やかな着物姿などの遊女3人が大きく描かれる美人画の定番ですが、奥の大広間では着飾った遊女たちによる伊勢音頭の総踊りが繰り広げられています。大広間は桜花楼の由来となった桜の間で、襖や夜具・欄干飾り・提灯などに、牛車の車輪を図案化した同店の定紋源氏車が散りばめられています。<br /> 十返舎一九の『東海道中膝栗毛』では伊勢古市の千束屋の鼓の間が紹介され、大きな宣伝効果だったと言われています。備前屋では人気戯作者式亭三馬作、歌川国直挿絵による宣伝冊子を江戸の刷物所から刊行し、ひいき筋に配布しています。歌川国貞は、三馬の戯作の挿絵が出世作の一つであり、三馬の書画会の世話人になっていました。それを踏まえて、この美人画をみると、全面に備前屋のシンボル源氏車を配し、薄青の襖の間から華やかな桜の間を垣間見せる構図は、単なる美人画ではなく、備前屋=桜の間=伊勢音頭を印象づける宣伝性を意図した可能性があります。伊勢古市の妓楼では、伊勢神宮のお膝元という地の利のみに頼るばかりではなく、江戸のメディアまでをも動員した集客戦略を展開していたのです。<br />
国貞〈1〉,江崎屋 江崎屋 吉兵衛
中図の笠の女性の後ろにいる子供は瓜と富士土産として有名な麦藁蛇を持ち、左図の傘を差す女性は<3>尾上菊五郎を描いた団扇を持つ。
豊国〈3〉、狂斎,つきじ 大金 大黒屋 金之助
人物を三代歌川豊国(国貞)が描き、背景を河鍋暁斎が描いた合作。三代豊国(国貞)の晩年の作品。暁斎は7歳で歌川国芳に入門、その後、狩野派の前村洞和、狩野洞白に師事。狩野派と浮世絵を取り入れた独自の画風を生み出した。
国貞〈1〉,佐野喜 佐野屋 喜兵衛
中央の女性を忠臣蔵の登場人物に見立てたシリーズで、背景には各段の名場面が描かれる。本作品は鏡台に向かい化粧を直す女性を、六段目の身売りの前に支度を整えるお軽の姿に見立てたもの。背景には迎えの駕籠を待たせ、別れを惜しむお軽と勘平の姿が描かれる。この作品のように、鏡台に向かって身繕いをする女性の姿は、美人画で盛んに取り上げられた題材であった。
豊国
年の暮れ、江戸の町は通りに連日餅つきの音が響いたという。庶民は賃餅といって菓子屋に注文したが、武家や富裕な商家は家で餅つきをした。 抱かれた子どもが小枝に挿した餅花を手にしている。左角にはおろし餅の用意がしてある。明かりが灯された提灯や後ろ姿の男性の半纏、姉さまかぶりの女性の手拭いには版元である蔦屋吉蔵(紅英堂)の富士に一つ星と蔦の葉の家標が描かれている。 この作品は、「孟春踊初」「弥生雛祭」など十二ヶ月の風俗を描いた揃物として制作されたものの一つ。左上にある歌川派の年玉印の枠の中に題名が書かれている。「改」の字印と、「寅六」とある年月印とによって、安政元年六月に刊行されたものと知られる。 作者歌川国貞(1786~1864)は、歌川豊国(初代)の門下で、弘化元年(1844)に豊国(三代)を襲名。役者絵と粋で妖艶な美人画を得意とし、生涯になした作品数は浮世絵師の中で随一といわれる。所収資料名:『風俗吾妻錦絵』(請求記号:寄別1-9-1-2)他に『[豊國十二ヶ月]』(請求記号:寄別2-8-1-6)、『国芳国貞錦絵』(請求記号:ゑ-107)、『錦絵帖』(請求記号:寄別2-8-2-7)
国貞
団扇絵とは、切り抜いて団扇の竹の骨に貼り付けて使用するための浮世絵。江戸時代に流行し、人気浮世絵師たちが絵を手掛けた。
国貞〈1〉, 伊勢屋利兵衛
文政2年(1819)頃に描かれたと見られる美人画シリーズ「星の霜当世風俗(ほしのしもとうせいふうぞく)」は歌川国貞の代表作。絵に描かれている女性は、こよりに火を点けて蚊帳に入った蚊を退治しようとしているところである。当時の庶民の夏の風俗を写し取った一枚。
国貞〈1〉
豊国, 松林堂
国貞〈1〉,玉 赤坂表伝馬一 森田屋板 森田屋
歌川国貞(初代)/画
豊国〈3〉,下谷 魚栄 魚屋 栄吉
歌川国貞(初代)
歌川国貞/画
国貞〈1〉,(巴) 西村屋 与八
豊国、国久, 藤慶
豊国〈3〉
国貞〈1〉,吉 榎本屋 吉兵衛
天保頃に藍を使っての再板ヵ。
豊国〈3〉
五渡亭国貞,川口
国貞,五渡亭国貞,永寿堂・永寿堂西村屋与八
役者絵
連結図を除き、上から縦38.2×横26.2cm、縦38.3×横26.1cm、縦38.2×横26.0cm大判錦絵。初世国貞は初世豊国の後を継ぎ、19世紀前半に人気を博した絵師。浮世絵史上、現存最多の制作数を誇る。本図は大判3枚続きで、文化12年(1815)11月江戸中村座上演の舞台に取材したもの。5世松本幸四郎(大四郎)、7世市川団十郎(平井保昌)、3世坂東三津五郎(長作)の舞台姿である。この場面には描かれないが3世尾上菊五郎の襲名狂言でもあり、彼を加えた4人の人気役者を源頼光の四天王になぞらえた作品であった。鼻が高かった5世幸四郎は、その特徴を生かして迫力ある横顔が描かれている。
国貞〈1〉,(見立),馬喰町二丁目 森屋治兵衛 森屋 治兵衛 ,毘沙門天〈7〉市川 団十郎、福禄寿〈2〉関 三十郎、寿老人〈3〉尾上 菊五郎
落款の使用期間および<2>岩井粂三郎(2枚目)の没年が天保7年であることから、文政年間から天保7年までの間で、この7人の役者が江戸に揃う期間を調べた結果、菊五郎(1枚目)が上方から江戸に戻ってきた天保2年8月から、芝翫(3枚目)が上方へ行く天保4年11月の間の出版と考証した。国貞は、嘉永6年にも同工の作品(参考:101-5899)を描いている。
豊国〈3〉,中村座,ト、山口 山口屋 藤兵衛 ,仁木弾正直則〈4〉市川 小団次
有名な御家騒動である伊達騒動は、伊達騒動物として多数の芝居を生み出した。その中でも「伽羅先代萩」(安永6年4月大坂中之芝居初演)と「伊達競阿国戯場」(安永7年8月江戸中村座初演)はその代表作であり、両芝居で使われた趣向は明治以後も繰り返し利用されていった。この絵が取材した芝居も、そうしたものの内の一つといえる。<4>市川小団次が演じる仁木弾正は長裃で印を結んでおり、今日でも頻繁に上演される「床下の場」であることがわかる。この仁木弾正は<5>松本幸四郎が当たり役とした役で、現代でも必ず使われ、この絵にも見られる「三銀杏の紋に四つ花菱の長裃」という衣装はその幸四郎の紋を踏襲したものである。
国貞〈1〉,(見立),上 川口 川口屋 宇兵衛 ,八百屋お七〈5〉岩井 半四郎
「大当狂言」は文化後期のシリーズ。文化12年頃ヵ(新藤説)。歌川国貞の役者絵の代表作で、当時活躍していた役者たちの当たり役を描いている。
豊国〈3〉,(見立),イセ芳 伊勢芳 ,浮世伊之助〈3〉岩井 粂三郎
幕末江戸歌舞伎のスター十人を選んで、侠客姿で描き揃い物としたもの。当時人気の若手役者七人と、<8>片岡仁左衛門、<4>市川小団次、<4>尾上菊五郎という大立者が選ばれている。役者達は揃いの浴衣を着て、男達の風俗で描かれ、それぞれの絵の背景には画題に「三段ぼかし」とあるように三色の’ぼかし’を使い、各々の役者の替紋が彩りも美しく配されている。五人男の見立てで描いた五枚組の作品は外にも多く見受けられるが、十枚組のものは珍しい部類に入る。
豊国,錦昇堂
三世歌川豊国(国貞)が最晩年に描いた役者大首絵シリーズの一枚。
豊国〈3〉,庄 錦昇堂 ,仁木弾正左衛門直則〈5〉松本 幸四郎
国貞〈1〉,通油町 鶴喜板 ,平相丞清盛〈〉坂東 三津五郎
国貞〈1〉,中村座,通油町 鶴喜板 鶴屋 喜右衛門 ,石川五右衛門〈4〉中村 歌右衛門
国貞〈1〉,中村座,松源 松沢屋 源右衛門 ,実右衛門娘深雪〈2〉沢村 田之助
国貞〈1〉,伊 ,奴宅門〈3〉尾上 菊五郎
国貞〈1〉,中村座,(巴) 西村屋 与八 ,和藤内〈7〉市川 団十郎
豊国〈3〉, 湊屋小兵衛
豊国〈3〉,(見立),庄 山田屋 庄次郎ヵ ,曽我ノ十郎祐成〈4〉中村 芝翫
豊国〈3〉,(見立),本 泉市 和泉屋 市兵衛 ,〈7〉市川 高麗蔵、〈2〉尾上 菊次郎、〈〉?、〈3〉嵐 璃寛、〈1〉嵐 吉六
3枚続2組が上下に続く。
歌川国貞(初代)/画
豊国〈3〉,(見立),近久 近江屋 久次郎 ,〈1〉坂東 亀蔵、〈〉関 孫六、〈1〉河原崎 権十郎、〈〉松本 いてう、〈1〉嵐 冠五郎
中村座楽屋での餅番の様子を描く。
源氏絵
歌川国貞、広重II画 森屋治兵衛版
柳亭種彦作・歌川国貞画の合巻(長編絵入り小説)『偐紫田舎源氏 (にせむらさきいなかげんじ) 』がベストセラーになって以降、国貞は主人公の足利光氏などを描いた浮世絵「源氏絵」を多く制作した。本作も足利光を描いた源氏絵の一つ。丸山は長崎の遊里。背景の風景は二代広重によるもの。
豊国〈3〉
柳亭種彦作・歌川国貞画の合巻(長編絵入り小説)『偐紫田舎源氏 (にせむらさきいなかげんじ) 』の主人公、足利光が横浜の港崎遊郭をそぞろ歩いている。「岩亀楼」は湊崎遊郭随一の豪華な妓楼。
歌川国貞(初代),歌川広重/画 横川彫竹/彫
本作は、人物を三代歌川豊国(国貞)、背景を広重が描いた合作源氏絵シリーズの一点。
豊国、広重画
豊国画
豊国〈3〉,甚 丸屋 甚八
豊国〈3〉,吉 伊勢兼 伊勢屋 兼吉
国貞〈1〉
国貞〈1〉,重
豊国〈3〉,-,久 山本 平吉
国貞〈1〉, 蔦屋 吉蔵
国貞〈1〉, 蔦屋 吉蔵
豊国〈3〉,森治 森屋 治兵衛
その他の作品
歌川国貞(三代豊国)筆,By Utagawa Kunisada (1786–1864),東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p>吉原では、大門からのびる仲の町に3月3日の紋日にあわせて咲くように桜が毎年移植されました。樹の下に山吹も添えられ、これらは花が散ると片付けられました。夜桜見物で賑わう吉原、満月に照らされた桜には右側に陰がつけられています。人々の表情も面白いです。<br /></p><br /><p> 北廓(ほっかく)とは、幕府公認の遊郭・吉原のことです。中央に、満開の桜が見え、たくさんの人で賑わっています。左右上部の大きな提灯に「大門」という字が見えますが、手前に大きく描かれているのが、吉原への出入り口。中央に見える「仲の町」という字は、大門から一直線にのびたこのメイン・ストリートの名前です。250メートルほどの通りに沿って、旧暦の3月3日にあわせて咲くように、根をつけたままの桜が毎年移植されました。ずらりと並ぶ満開の桜と山吹、そして満月。これだけ大勢の人が引き寄せられてくるのも納得できる華やかさです。この時期は遊ぶのにも特別料金がかかったようで、吉原にとっては一大イベントだったのでしょう。<br /> 作者の歌川国貞は、大門を手前に大きくとらえ、通りの両側の遊郭の軒に遠近感をもたせて、奥行きのある空間を生み出しています。花街の喧噪は夜が更けるまで延々と続いていくようです。</p>
歌川国貞(初代)/画
歌川国貞(初代)/画,Utagawa Kunisada I
縦37.0×横777.0cm19世紀前期を代表する江戸浮世絵師、初世歌川国貞の筆になる下絵。画題は、歌舞伎のなかでも人気の高い「仮名手本忠臣蔵」である。国貞は別号香蝶楼、師である初世豊国の活躍を引継ぎ、役者絵に秀で一時代を築いた。本資料は巻子仕立てで、大序から十一段目までを10図にまとめ、、それぞれ大判錦絵3枚続き相当の大きさで描く。版をおこす前の肉筆であり、完成前の腹案が知られるのが興味深い。演劇博物館開館にあたり、逍遙と親交のあった江戸文芸の考証家、三村竹清(1876~1953)から寄贈された。
歌川国貞画
現在の神戸市中央区から須磨区にかけて繰り広げられた源氏と平氏の激戦一の谷の合戦を描いた錦絵です。 描いたのは、江戸時代後期、19世紀前半を代表する武者絵の名手・歌川国貞です。 画面の向かって左には、平家の若武者・平敦盛と熊谷直実の戦いの様子、右には平忠度と岡部忠澄の戦いが描かれています。海、白砂青松、六甲山系を思わせる山々。。。神戸の実景に近い景観の中で、主要人物は歌舞伎役者が見得を切るような姿でダイナミックに描かれます。『平家物語』で人口に膾炙した源平合戦の古地としてのイメージは、江戸時代に多作されたこれらの錦絵によってさらに補強されていきました。 【中世の神戸】【江戸の絵画】
豊国〈3〉,(見立),- 濃州屋 安兵衛
中村座・市村座・守田座の三座を見立てた劇場図。舞台上では暫を上演。
歌川国貞/画 狂歌堂真顔/賛
豊国〈3〉
歌川国貞(初代)/画,Utagawa Kunisada I
国貞改豊国,大平
歌川国貞(初代)/画
歌川国貞(初代)/画
国貞〈1〉,馬喰町二町目 ト 山口屋藤兵衛版 山口屋 藤兵衛
国貞〈1〉,板元 馬喰町二町目 ト 山口屋藤兵衛 山口屋 藤兵衛
国貞〈1〉,ト 山口屋 藤兵衛
国貞〈1〉,(巴) 西村屋 与八
国貞〈1〉,(巴) 西村屋 与八
豊国〈3〉,- ,〈8〉市川 団十郎、〈4〉中村 歌右衛門、〈〉市川 竹之丞
国貞改二代豊国,上州屋重蔵
国貞〈1〉, 鍵屋 半次郎
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千葉県千葉市にある美術館。江戸時代の錦絵を多く所蔵し、鳥居清長の作品も多い。収蔵品検索システムからは、千葉市美術館が所蔵している鳥居清長の作品の画像や情報を閲覧できる。
東京都渋谷区の浮世絵専門美術館。浮世絵の歴史を網羅的に辿れる約15,000点のコレクションを所蔵。月ごとにさまざまなテーマの展覧会が開催され、テーマに沿った浮世絵作品を展示している。歌川国貞の作品を所蔵。
国立図書館のコレクションから、江戸の名所を描いた錦絵484点を掲載。歌川国貞の名所絵を閲覧可能。
参考文献
- 日立デジタル平凡社,平凡社
- 日本浮世絵協会原色浮世絵大百科事典編集委員会 編,大修館書店
- 歌川国貞 [画],静嘉堂文庫 編,静嘉堂文庫
- 責任表示
- 二次利用について
- 最終更新日
- 2024/03/16