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富岳百景 / 国立国会図書館デジタルコレクション

宝永大噴火

宝永4年(1707)に起きた富士山の噴火。有史以降に富士山が起こした噴火で、最も新しく、最大規模のもの。

宝永4年(1707)に起きた富士山の噴火。有史以降に富士山が起こした噴火で、最も新しく、最大規模のもの。南東斜面から噴火し、断続的に16日間続いた。この時出現した側火山(そくかざん)を「宝永山(ほうえいざん)」という。噴火時の偏西風に乗り、関東平野に降灰が集中した。江戸時代中期の儒者・新井白石(あらいはくせき)は随筆『折たく柴の記』の中で、雪のように火山灰が降り積もって薄暗くなり灯りをつけて講義した、と記す。

富士山のふもとに降った火山灰には熱が含まれており、「焼け砂」と呼ばれた。静岡県御殿場市・小山町から神奈川県域にかけて田畑に降り注いだ焼け砂によって耕作が不能となり、深刻な飢饉を呼んだ。更に、火山灰のたい積で河川の水位が上昇し洪水が発生した。

長期化する二次被害により自力での復旧が困難であると判断した小田原藩主大久保忠増(おおくぼただます)は被災地周辺の領地を江戸幕府に返還し、救済を願い出た。特に被害が大きかった足柄平野(現在の神奈川県南西部)は、江戸幕府による復興事業が困難を極め、達成までに100年近くを要した。

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  • 世界遺産「富士山」を「保護し、保存し、整備し、将来の世代へ伝えることを確保する」拠点施設。学術調査機能などを併せ持つ。

  • 富士火山の最後の活動は1707年12月16日午前10時頃から1708年1月1日未明まで約16日間続いた宝永噴火。

  • 地質学的な研究によってわかっている過去1万年の火山活動史を記載。

  • 富士山は過去に何度も噴火を繰り返した活火山。ここでは、富士山の噴火の歴史を説明する。

  • 富士山が噴火した場合の防災情報。

  • 富士山が噴火し、一次被害では直接的な人的被害は記録されていないものの、降下した火砕物により建築物の倒壊や農作地の耕作不能化、山林・草地の荒廃、道路の遮断、更に流出した火山灰がもたらした用水路・河川の氾濫など、農林業を中心とする生産活動・経済活動に長期かつ広範囲にわたって多大なる被害を与えた。

  • 古文書が語る富士山宝永噴火-神奈川県域の被災と復興- 2020年1月7日(火)~2月2日(日)前回の特別展には展示できなかった資料やその後新たに見出された未紹介資料を中心に、関連資料をあらためて紹介。

参考文献