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江戸時代の文化4―化政文化
江戸を中心に発展した町人文化。滑稽本や浮世絵の出版文化が発展し、国学や蘭学も大成した。
江戸時代後期の文化・文政年間(1804~1830)の前後、江戸の町衆を中心に栄えた文化で、長期的に安定した世相のなかで文化的活力は極盛期を迎える。町人や農民の文化水準は経済力に比して一層高まり、茶道、香道、書道、俳諧などの遊芸文化の領域では家元制度が確立して全国的な流行を生み、都市や農村を問わず新たな社交の場が形成された。寛政改革を経て、化政期は幕藩体制による政治がやや弛緩した時代にあたり、娯楽文化のなかに批判的要素を内包した特徴がみられ、江戸では両国、上野山下、浅草奥山界隈に盛り場が現出。軽演劇や落語、大道芸などの大衆芸や見世物小屋が飛躍的に発展する。旺盛なエネルギーは日常生活の外の世界にも向けられ、伊勢をはじめとする寺社参詣を名目とした各地への旅行も盛んとなる。それに伴い紀行・見聞録も多数出版され、十返舎一九は滑稽本『東海道中膝栗毛』を著し、葛飾北斎や歌川広重らの浮世絵風景版画も人気を博した。伊能忠敬が全国の沿岸測量を実施して『大日本沿海輿地全図』まとめ上げ、地方に目を移すと長崎ではシーボルトによって医学塾が、大坂では緒方洪庵によって蘭学塾がそれぞれ開かれ、学研分野においても画期的な進展がみられた。
文学・芸術
黄表紙・洒落本・読本など、あらゆるジャンルを開拓した江戸後期を代表する戯作者
江戸後期を代表する戯作者。『南総里見八犬伝』の著者
『東海道中膝栗毛』で一躍流行作家となった江戸時代の戯作者
十返舎一九作の江戸時代のベストセラーで、弥次さん喜多さんの珍道中を描く。滑稽本全盛を導く
化政期に活躍した歌舞伎作者。江戸庶民の生活を活写する生世話物を大成した
生涯に約2万句の俳句をのこした、江戸時代後期を代表する俳人。
りゅうていたねひこ。江戸時代後期の戯作者。江戸に生まれ、絵画や俳諧を嗜み特に芝居通として知れた。寛政改革後に隆盛をみた合巻を手がけ、歌舞伎仕立ての文体と役者絵などを取り入れた『正本製』(しょうほんじたて)で地歩を固める。以後、風俗考証に優れた著作も多く残し、浮世絵師の歌川国貞とは協働関係にあった。
江戸時代後期の人情本作家。書肆経営の一方、戯作者を志して式亭三馬や柳亭種彦に入門。天保3年(1832)に『春色梅児誉美』(しゅんしょくうめごよみ)にて人気を博し、続編も刊行。江戸の風俗や自然を的確に捉え、合作によって場面描写を重ねる作風は為水流と称され、明治期の硯友社文学にも影響を与えた。
江戸時代後期の国学者、民俗学者。三河国に生まれたと伝わり、賀茂真淵の門人から国学を学ぶ。天明3年(1783)より諸国を巡り、日本各地の習俗や庶民生活を取材。生涯にわたり旅を続け、その記録は『真澄遊覧記』などの著作として発表された。文化8年(1811)には秋田藩に居を構え地誌製作にも従事した。
しきていさんば。江戸時代後期の戯作者。江戸に生まれ、本屋に奉公して戯作に親しむ。19歳のときに『天道浮世出星操』 (てんどううきよのでづかい)を発表。市井の生活を洒落を交えながら描き出す黄表紙本や遊里に取材した洒落本などを多数著し、江戸戯作の正統な作風を受け継いだ。
学問
文政6年(1823)出島のオランダ商館医として来日したドイツ人。長崎郊外に鳴滝塾を開いて診療とオランダ医学の教授にあたり、伊東玄朴、高良斎、高野長英らを育てた。
適塾を開いて多くの有能な人材を育成し、種痘の普及にも貢献した江戸時代の蘭学者
日本で初めて実測による日本地図を作製した江戸時代の測量家
ひろせたんそう。江戸時代後期の儒学者、教育者。亀井南冥・昭陽父子について儒学を学ぶも病を患い、その後は独学で学問を続ける。文化2年(1805)、郷里の豊後国にて私塾を開き、後に咸宜園(かんぎえん)と称した。勉学の他、人間性を育む厳格な規律を旨とし、全国から延べ3000人を超える入門者が集った。
らいさんよう。江戸時代後期の儒学者、漢詩人。儒学者の父のもと大坂に生まれ、18歳のときに江戸に出て経学や国学を学ぶ。源平両氏から徳川氏に至る武家の歴史をまとめた歴史書『日本外史』を20年以上の歳月を費やして著す。儒教の大義名分論に基づく尊王思想を展開し、幕末の尊王運動にも影響を及ぼした。
美術
江戸中期から後期の文人画家。武士であったが仕官中に書画、詩、琴などに傾倒し、50歳で脱藩、各地を遊歴した。
奇行でも知られる、江戸時代後期の浮世絵版画シリーズの巨匠
写楽を超える人気を誇った役者絵の巨匠
ゴッホにも影響を与えた江戸時代後期の浮世絵師
奇想天外な構図と斬新な画風で知られる幕末の浮世絵師
俵屋宗達・尾形光琳の流れを汲み、江戸で琳派を再興した「江戸琳派」の祖
あおうどうでんぜん。江戸時代後期の洋風画家。陸奥国に生まれ、白河城主の松平定信に命じられ、銅版画研究をはじめる。後に司馬江漢の門下で学び、やがて蘭学者の協力のもと銅版画や油絵の技法を習得した。江戸の名所風景を大小の銅版画で描き、幕末の葛飾北斎や歌川広重の浮世絵風景版画に影響を与えた。
ごしゅん。江戸時代後期の絵師。初期の画号は松村月渓。京都に生まれ、与謝蕪村に師事し南画と俳諧を学ぶ。その後、円山応挙と関係を深め写生画の影響を受けて新たな画風を確立し、俳諧にも通じる詩趣の漂う花鳥画や風景画を描く。四条高倉に居住したため、四条派と呼ばれ隆盛を誇った。
すずききいつ。江戸時代後期の絵師。江戸に生まれ、幼少期より江戸琳派の代表的絵師である酒井抱一の内弟子となり、画力が認められしばしば代作も勤めたといわれる。その教えを基礎としながらも、やがて装飾性に富んだ独自の画風を確立し、江戸琳派の新たな担い手として活躍する。
参考文献
- 辻惟雄 監修,美術出版社
- 詳説日本史図録編集委員会 編,山川出版社