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井原西鶴像_模本 / 東京国立博物館

井原西鶴

元禄文化を代表する作家

1642-1699 (寛永19-元禄6)

江戸前期の俳人、浮世草子作者。出自・家系は不明だが裕福な大坂の町人とされ、本名を平山藤五と伝えるが、これについては確証がない。15〜16歳ころから俳諧を学び、はじめ鶴永と号して寛文13年(1673)大坂の生玉で万句俳諧を興行し、『生玉万句(いくたままんく)』として刊行。この頃から談林(だんりん)派の西山宗因に師事して号を西鶴と改め、以後談林派の俳諧師として活発な活動を開始した。延宝3年(1675)、三人の子を残して妻が病没し、亡妻追善の独吟千句を詠んで、『誹諧独吟一日千句』を刊行。延宝5年(1677)5月には一夜一日千六百句の独吟を興行して、一昼夜に何句詠めるかを競う「矢数俳諧」を創始し、『西鶴俳諧大句数』として刊行した。

天和2年(1682)41歳のとき散文の分野にも手をひろげて『好色一代男』を執筆し、翌年正月(刊記は天和2年10月)に無名の版元荒砥屋(あらとや)孫兵衛可心から刊行すると、その斬新な構想と表現が好評を博して多くの読者に迎えられ、貞享元年(1684)4月には第二作『諸艶大鑑(しょえんおおかがみ)』を刊行。また、同年の6月には最後の矢数俳諧に挑み、住吉神社社頭で一昼夜二万三千五百句の独吟を達成し、以後二万翁、二万堂とも自称した。同時にこの頃、演劇界にも進出し、天和3年(1683)正月に役者評判記『難波の㒵は伊勢の白粉』を刊行。貞享2年(1685)には、宇治加賀掾のために浄瑠璃『暦(こよみ)』『凱陣八嶋(がいじんやしま)』を執筆して、竹本義太夫の作者であった近松門左衛門と対抗した。

貞享3年(1686)以降は浮世草子の執筆が本格化し、好色物、町人物、武家物、雑話物などの各分野で、活気あふれる町人の経済生活や遊里での享楽的な生態、あるいは武家社会の意気地と義理の生活を描く多くの作品を世に出した。元禄6年(1693)8月10日に52歳で死去。辞世の句は「浮世の月見過しにけり末二年」。大阪市中央区の誓願寺に墓所がある。代表作に『好色一代女』『好色五人女』『日本永代蔵』『世間胸算用』『武道伝来記』など。

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  • 国立国会図書館は、国会に属する唯一の国立の図書館です。国内外の資料・情報を広く収集・保存して、知識・文化の基盤となり、国会の活動を補佐するとともに、行政・司法及び国民に図書館サービスを提供しています。                                             

  • 明治・大正期の小説家、渡辺霞亭(かてい、1864-1926)の旧蔵書の一部からなる霞亭文庫に西鶴の浮世草子を所蔵している。

  • 1882年に東京専門学校が図書室を設置して以来の長い歴史を持ち、国内の大学のなかでも有数の蔵書数を誇る図書館。坪内逍遥、水谷不倒以来の近世文学のコレクションも充実している。

  • 西鶴の生誕地である和歌山県日高郡日高川町に平成14(2002)年完成。

  • 西鶴作の歌舞伎や演劇作品の台本が閲覧できる。

  • 大阪市中央区誓願寺の墓所にある。

ジャパンサーチの外で探す

  • 「京都大学貴重資料デジタルアーカイブ」の提供する「京都大学所蔵資料でたどる文学史年表」の一部。

  • 早稲田大学・古典籍総合データベースによる電子展示「江戸文学の世界」中のコンテンツ。井原西鶴の浮世草子8点(好色一代男・世間胸算用・日本永代蔵・西鶴織留・西鶴置土産 ・男色大鑑・武道伝来記・諸艶大鑑 )のデジタルデータを公開している。

  • 東京大学総合図書館が所蔵する、明治・大正時代の小説家渡辺霞亭(かてい、1864-1926)の旧蔵書の一部をデジタル化し公開。

  • 大阪資料・古典籍室1小展示(平成10年7月-8月)「西鶴と生玉」の資料集。

  • 西鶴の生涯、代表作を解説。ゆかりの文学碑も写真入りで紹介している。

参考文献

  1. 谷脇理史, 西島孜哉 編,世界思想社
  2. 谷脇理史 著,新典社
  3. 岡本勝, 雲英末雄 編,おうふう
  4. 国立国会図書館 編著,出版ニュース社
  5. 「井原西鶴」の項。
  6. 「浮世草子」の項。
  7. 「井原西鶴」の項。
  8. 『好色一代男』『好色五人女』『好色一代女』。