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『古画類聚』後集 豊臣秀吉像 / 東京国立博物館

豊臣秀吉

下賤の身から天下人へと成り上がった、安土桃山時代の武将

1537―1598(天文6―慶長3)

安土桃山時代の武将で、低い身分から関白に上り詰めた天下人。天下三英傑の一人。尾張国中村の生まれ。幼名は日吉。その後、木下藤吉郎、木下秀吉、羽柴秀吉と名を変え、太政大臣就任時に、正親町(おおぎまち)天皇から豊臣姓を下賜された。百姓の木下弥右衛門と、なかの子として生まれたと伝わる。なお、後年、自身の御伽衆に書かせた『天正記』では、天皇の御落胤であることがほのめかされている。はじめ、遠江国で今川氏の直臣飯尾氏の配下である松下之綱(ゆきつな)に仕えるが、後に尾張国に戻り織田信長に仕える。清洲(きよす)城普請や墨俣(すのまた)築城などで功を立てて出世し、信長が足利義昭を立てて上洛すると、京都の奉行の一人として活躍。浅井家・朝倉家との合戦でも戦功を立て、天正元年(1573)には北近江3郡を与えられ、12万石の大名となった。その後、中国地方攻略の総大将として抜擢されるが、天正10年(1582)、本能寺の変で織田信長が横死。備中出兵中の秀吉は、その報に接するや毛利と和睦し、強行軍で畿内へと急行。山崎で明智光秀に合戦を挑み、これを討ち果たした。その後織田家の実権を継承すると、大坂城を拠点に覇権を握り、天正13年(1585)には関白就任。天正18年(1590)には関東の北条氏を討伐し、さらに奥州も平定して、天下統一を成し遂げた。さらに「唐入り」を目指し、「文禄・慶長の役」と呼ばれる二度の朝鮮出兵を実施。しかしその願いは果たせぬまま、慶長の役の最中に没した。統一事業に際しては、尺の統一を行った上で実施した太閤検地、兵農分離を進めた刀狩令など、独自の政策を打ち出したほか、大坂城や聚楽第(じゅらくてい)などの城郭建築や茶の湯文化などに代表される、華麗な桃山文化を現出させた。

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豊臣秀吉の馬印。右から、幟(のぼり)、馬印(うまじるし)、母衣(ほろ)、番指物(ばんさしもの)、大馬印、番指物。『御馬印』は、総計170人の戦国武将の馬印を集めた本。彩色方法は、金銀泥などは手彩色だが、朱や藍、胡粉の白などは木版印刷によっているようである。墨刷り印刷と色刷り印刷の両方が使われていることから、18世紀に始まる多色刷り印刷錦絵の源流とみられ、江戸初期の最も重要な彩色刷り資料である。上質の料紙が用いられている。

聚楽第の絵図。「日本古城絵図」は、旧鳥羽藩主稲垣家旧蔵の城郭絵図集。全355面、同じ城の絵図が複数あるものもあり、城の数は220余。諸藩の兵学者たちが藩用の甲州流兵学研究の資料として、江戸詰の期間などを利用し、つてを頼って写し集めた城郭図集の一例。

「十月二日のあさ 四てうはんのかさり」と題した茶道具の覚書き。天正15年に行われた北野茶会の際の四畳半飾りの道具とされる。

豊臣秀吉による検地帳の目録。全国の国別石高が五畿七道別に分けられ一覧できる。他に「朝鮮国御進発之人数帳」(慶長の役の際の名護屋城での在陣衆一覧。15丁)、と「政要抄」(6丁)が合冊されている。慶長年間の古活字版。

文禄4年(1595)の豊臣秀吉の甥秀次の謀反事件をあつかった仮名草子。作者不明。寛永年間(1624-44)の刊行。3巻。秀吉の九州への発向から、秀次の悪行、高野山への追放、秀次の自殺とその妻妾とその子の処刑を描く。聚楽は秀次の済んだ聚楽第のこと。掲出は寛永17年の刊本。

元禄11(1698)年に江戸の版元鱗形屋から刊行されたと推定される全6巻各6段の浄瑠璃作品。上演作ではなく、読物として刊行された浄瑠璃本で、刊行後ただちに絶版になったらしく、掲出本は、宝永7年(1710)の再刊本。巻末に「右七巻者板行軍書抜書也」とあり、先行の『太閤記(甫庵本)』などからの抜き書きで編集されたもの。

松平定信が編纂した『集古十種』に収められる秀吉の肖像。

谷文晁の弟子・野村文紹による肖像集の秀吉。

月岡芳年の「月百姿」のシリーズのひとつ。賤ケ岳の戦いでの秀吉を描く。

日本の歴史上、忠孝とされた人物二十四人を取り上げた、大蘇芳年(月岡芳年)のシリーズのひとつ。

月岡芳年がてがけた、役者絵をまとめた「光明七陽盛」のひとつ。

明治時代の浮世絵師・安達吟光(松雪斎銀光)による役者絵の秀吉。

大正7年(1918)から昭和7年(1932)まで使用された「ハナハト読本」と称された尋常小学読本に収録された「木下藤吉郎」の章。

豊臣秀吉の伝記など

本書は信長・秀吉に仕えた太田和泉守牛一が、その著「太閤軍記」(2巻)からその一部を抄出、書写したもので、慶長15年前後の成立と推測されている。蹌踉たる筆致の中にうかがわれる謹直な書風から、あるいは需めに応じた清書本とも考えられるが、数多い太閤軍記の現存最古本で、著者の見聞をもとに秀吉の功業を記してあり、その著者自筆抄本として近世歴史・文学史上に貴重。重要美術品。

江戸時代前期の儒学者・小瀬甫庵による『太閤記』。別称『豊臣記』とも。大村由己(1536年-1596)の『天正記』、太田牛一(1527-1613))の『大かうさまくんきのうち』などを集成したもので、太閤記と名の付く書物はさまざまにあるが、甫庵のものがもっともよく知られている。『甫庵太閤記』とも呼ばれる。江戸時代初期に寛永無刊記版、正保3年版、寛文2年版、万治4年版と版を重ね、その後も広く流通した。掲出は、寛永年間の無刊記版。

著者の小瀬甫庵の死から6年後の正保3年の刊記を持つ甫庵本の『太閤記』。新たに板木を新刻したもので、無刊記本を元としながらも大幅な増補がおこなれているとされる。

豊臣秀吉に御伽衆として仕えた大村由己(1536年-1596)作の軍記『天正記』の一部。本能寺の変と明智光秀(惟任日向守)の敗死、信長の葬儀までが美文を交えた漢文体で描かれる。『惟任謀反記』とも。『天正記』は、由己 が秀吉の命令により、その天下統一を賛美して天正 年間(1573~92)の事績を記録した軍記(9巻が現存)の総称。

豊臣秀吉の御伽衆の一人である大村由己(1536年-1596)が著した豊臣秀吉の伝記。本能寺の変に於ける秀吉の功績を記す。『天正記』の一部で、漠字表記で記された『惟任退治記』を仮名交り文に改めたものが本書で、奥書によれば天正11年(1583)の成立。奥書には由己が秀吉の名によって本書を成したこと、前田玄以の命によって書写したことが記されている。。掲出は本は、寛永13年、松庵玄茂の書写。

豊臣秀吉の伝記。太田牛一(1527-1613)の『大かうさまくんきのうち』の散佚しなかった部分と、大村由己(1536年-1596)の著作『天正記』と合冊され仮名交じり文に統一されて刊行されたもの。『天正軍記』とも。掲出は、昌平坂学問所旧蔵の慶長末~元和初年の古活字本。

秀吉の家臣・竹中重門(1573年-1631)が著した秀吉の伝記。林羅山の旧蔵書で、寛永8年写。

『史籍集覧』に収められている『太閤素性記』。江戸前期の幕府の旗本土屋知貞によってまとめられた秀吉の生涯をつづった伝記。

実録風読物。12編360巻。栗原柳庵編。嘉永5年(1852)~慶応年間(1865-1868)の刊。18世紀中葉頃から行なわれていた大坂の講談「太閤真顕記」をまとめたもの。俗伝的な太閤(豊臣秀吉)一代記の集大成ともいうべきもので、史料的価値は低いが、後の演劇や小説などに題材を提供している。

『史籍集覧』に収められている『祖父物語』。『祖父物語』は1607年頃に尾張国の清洲の朝日村に住む、柿屋喜左衛門によって書かれた秀吉を始めとした織豊時代の武将らに関する見聞談。別名『朝日物語』。

江戸時代前期、田中吉政に仕えた川角三郎右衛門が手がけた太閤記。

金沢出身の小説家矢田挿雲(1882~1961)の長編小説。大正14年(1925)から昭和9年(1934)まで「報知新聞」で連載。『太閤記』を大衆文学として完成させた 最初の作品であり、以後のさまざまな『太閤記』に影響を与えた。

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豊臣秀吉の書状など

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  • 日本と東洋の文化財を守り伝える中心拠点としての役割を担う我が国の総合的な博物館です。

  • 平安時代から江戸時代の京都文化を中心とした文化財を取り扱う地域に根ざした博物館です。

  • 「日本文化の形成をアジア史的観点から捉える」をコンセプトにした博物館です。

  • 大阪府大阪市中央区にある、城跡。現在の天守は昭和初期につくられたもの。

  • 滋賀県長浜市にある、秀吉が築城した長浜城跡。現在の城郭は昭和期に復元されたもので、内部が博物館になっている。

  • 京都府京都市東山区にある寺院。秀吉の正室北政所が秀吉の菩提を弔うために建立した寺院であり、自身の墓所でもある。秀吉の座像などを安置する。

  • 京都府京都市東山区にある秀吉を祀る神社。唐門は伏見城の遺構とされるもので国宝に指定されている。

  • 京都府京都市左京区にある神社。もともとは、秀吉の聚楽第内にたてられた稲荷で、後陽成天皇が聚楽第に行幸した際に、秀吉にちなみこの名がつけられた。

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  • 高台寺境内にある美術館の収蔵品紹介。肖像画のほか、秀吉にまつわる作品を見ることができる。

  • 秀吉が築城した大坂城の石垣を公開するプロジェクト。豊臣・徳川時代の本丸を重ね合わせた図もあり。

参考文献

  1. 日立デジタル平凡社,平凡社
  2. 小和田哲男 著,中央公論社