後醍醐天皇
第96代天皇。鎌倉幕府を倒して建武新政を樹立したが、南北朝分裂の時代を招く結果となった
1288-1339(正応1-延元4/暦応2)
在位は文保2年(1318)-延元4年(1339、[暦応2])。名は尊治(たかはる)。後宇多(ごうだ)天皇の第2皇子。母は談天門院・藤原忠子(ふじわらのちゅうし)。大覚寺統 (だいかくじとう) に属し、乾元元年(1302)親王宣下(しんのうせんげ)、嘉元2年(1304)に大宰帥(だざいのそち)となり、帥宮(そちのみや)と称された。
元亨元年(1321)後宇多法皇の院政を廃し親政を開始。皇位を左右する鎌倉幕府を倒すべく、腹心の貴族、僧侶、美濃源氏などを「無礼講」の場に集め討幕計画を練ったが、正中元年(1324)幕府に漏れて失敗に終わった(正中の変)。その後も討幕を目指し、元徳2年(1330)米価・酒価の公定、関所停止令により商工民を引きつけ、また大社寺を味方に引き入れるべく、皇子の護良(もりよし/もりなが)親王を天台座主(てんだいざす)とし、南都北嶺に行幸した。北条氏の流通路支配に反発する悪党(あくとう)を味方にすることも画策している。
元弘元年(1331、[元徳3])討幕計画が近臣吉田定房により幕府に漏れ、後醍醐は京を脱出して笠置(かさぎ、京都府笠置町)に布陣したが捕らえられ、翌年隠岐に流された。元弘3年(1333、[正慶2])閏2月、護良親王、楠木正成(くすのきまさしげ)の挙兵に呼応して隠岐を脱出。伯耆の名和長年(なわながとし)の支援を得て諸国に挙兵を呼びかけ、足利高氏(尊氏)らの内応を得る。同年5月ついに幕府を滅ぼすと(元弘の乱)、幕府が擁立していた光厳(こうごん)天皇を廃し建武新政を開始した。しかし、その専制的な体制は地方武士や貴族などの反発を招き、延元元年(1336、[建武3])に瓦解した。
その後、吉野に逃れて南朝を開き、北朝を奉ずる足利氏の幕府に対抗した(南北朝分裂)が、南朝方の軍は相次いで敗れ、延元4年(1339、[暦応2])義良(のりよし)親王(後村上天皇)に譲位後、没した。
諡号(しごう)の後醍醐は生前みずから選んだもので、延喜・天暦の治(えんぎ・てんりゃくのち)をよりどころにしたものとされる。親政機関として記録所を再興し、『建武年中行事』『日中行事』に見られるように朝儀復興を図った。綸旨(りんじ)に大きな力を与え、また官位と家格の固定化を打破してみずから貴族を位置づけるなど、伝統的な摂関政治型の体制を否定する施策を強力に推し進めた。一方、学問・和歌などの振興にも努め、真言の教義に通じ、宋学にも傾倒している。陵墓は奈良県吉野町の塔尾陵(とうのおりょう)。
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奈良県奈良郡吉野町にある、後醍醐天皇の勅願寺。毎年9月27日に「後醍醐天皇御忌」を執り行う。
隠岐島には、この地に配流された後醍醐天皇に関係する史跡が多数ある。
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1998年に設立したアート・リサーチセンター(ARC)は、私たち人類が持つ文化を後世に伝達するために、芸術、芸能、技術、技能を中心とした有形・無形の人間文化の所産を、歴史的、社会的観点から研究・分析し、記録・整理・保存・発信することを目的としています。ARCが有する日本文化資源の膨大なデータベースの利用を国内外の共同研究者に開放するとともに、これまでに蓄積してきたデジタル・アーカイブ技術やデータベース管理技術を研究プロジェクト活動の基盤として提供し、情報アーカイブ・知識循環型共同研究を推進しています。こうした取組を通して、デジタル・ヒューマニティーズ分野の“世界水準の研究拠点形成”を目指しています。
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日本写真保存センターは先人たちが記録した写真を後世に伝えることを目的に活動をしております。フィルム・乾板など、カメラを通して記録された媒体を「写真原板」と定義し、写真原板の末長い保存と利活用の促進をはかるために、写真原板の収集、保存、アーカイブ作成など、様々な調査研究を行っています。
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奈良県歴史文化資源データベース「いかす・なら」 深堀!歴史文化遺産。南朝が開かれた吉野と後醍醐天皇の関係について解説。
「後醍醐天皇綸旨」など宮内庁書陵部所蔵の史料を検索できる。画像が公開されているものもある。
参考文献
- サンプルページ「後醍醐天皇」の項。
- サンプルページ「後醍醐天皇」の項。
- サンプルページ「後醍醐天皇」の項。
- 平凡社
- 網野善彦 著,平凡社
- 黒田日出男 著,平凡社