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日東魚譜 青魚 / 国立国会図書館デジタルコレクション

ニシン

魚肥としても利用されて江戸期の日本の農業を支え、明治期にはニシン御殿もできた

Clupea pallasi

ニシン科の魚。鰊、鯡と書き、春告魚(はるつげうお)とも。地方名ではカド、カドイワシなど。全長は30センチ余。腹部は平たく、背びれと腹びれがほとんど対在する。茨城県以北の北太平洋に分布する寒帯性の回遊魚で、春、産卵に接岸するときに漁獲されるものが多い。また、淡水と海水の混ざった塩分の少ない汽水(きすい)にも耐えられ、湖沼にすむものや、川に遡上するものもある。

本格的なニシン漁業が行われはじめたのは江戸時代で、松前藩の重要な産業になった。当時は冷凍・冷蔵などの保存手段がないため、保存用には身欠きニシンとして素干しにして利用されることが多かった。享保期(1716―1736)に、各地で深刻化してきた肥料問題の解決のためにニシンを使った廉価な魚肥(うおごえ)が注目され、胴ニシン・羽ニシン(ともに、ニシンの干物から身をとったあとの頭や胴)やニシン粕(質の悪いニシンを潰して油を絞りとった残り)が北前船(きたまえぶね)によって大量に本州各地に運ばれた。

19世紀後半から定置網が使われ始めると、ニシン漁業は全盛時代を迎え、明治時代中頃には漁獲量がピークに達した。マツ、ヒノキの巨材を用いた贅沢な普請で有名なニシン御殿は、このころ大量に獲れた北海道、小樽や留萌(るもい)などで建てられたものが多い。しかし、明治末期から漁獲量はしだいに減少し始め、昭和30年代(1955―1964)にはほとんど獲れなくなった。現在、新鮮なものは塩焼きなどに、また身欠きニシン(乾燥品)、燻製(くんせい)、塩漬などにして食用する。卵巣はカズノコとして賞味される。大西洋北部には、たいへんよく似たヘリングという魚が分布し、重要な食用魚となっており、これも日本ではニシンと呼んでいる。

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  • 北海道小樽市にある建造物。1897年(明治30年)積丹の泊村に建てられたものを移築復元した。小樽水族館が管理・運営している。

  • ニシン漁で栄えた青山氏の別邸。国の登録有形文化財に指定されており、「食事処」で食事もできる。

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  • 2003年7月、北海道留萌市の「留萌市海のふるさと館」で開催された、展覧会「ニシン漁の船」の内容をまとめた日本財団による電子展示。留萌のニシン漁の歴史や漁に使われた船についての詳しい情報を見ることができる。

参考文献