柄の先に扇部分が付いた道具。緯度の低い暑い地域を中心に世界各地で使われており、材料・形状・デザイン・用途は多様性に富む。中国では、紀元前3世紀以前の周時代にはすでに使用されていたとみられ、漢時代には、儀式や行列の際に、従者が貴人の顔を覆い隠す長柄の団扇「翳(さしば)」が用いられるようになった。六朝(りくちょう)や唐時代に入ると、団扇の種類が増え、さまざまな用途に使用された。日本の奈良県高市郡明日香村にある飛鳥時代の遺跡・高松塚古墳の壁画には円形の翳を持つ女官が描かれている。奈良・平安時代には、宮廷や貴族の間で、涼をとるためや顔を隠すため、また飾りとしても使用されていた。戦国時代に入ると、武将が陣中で指揮をとる時に用いる、「軍配団扇」が使われるようになる。これは、鉄や皮革に漆を塗り、金銀で日・月・九曜星などの文様を描いたもので、柄には組み紐を通した。今日、相撲の行司が立ち合いや勝負の判定を言い渡す時に用いる「軍配」はこれに由来している。さらに時代が下り、江戸時代には、竹骨・紙張りの納涼用の団扇が日本各地で製造されるようになり広く一般に普及。江戸時代後期には、団扇に貼り付ける浮世絵「団扇絵」が江戸で流行し、初代歌川豊国・歌川広重・葛飾北斎・歌川国芳など、当時人気の浮世絵師が多彩な団扇絵を描いている。また、明治時代には、漆器や扇などとともに美術工芸品として海外へ多く輸出された一方、団扇に商家や店舗の広告を印刷して配布する風習も現れた。現代では、日常的な納涼用の道具、あるいは、祭や盆踊りの小道具などとして、幅広く用いられている。
関連するひと・もの・こと
女性美を主題に描いた絵画で、江戸から明治にかけては「美人絵」「女絵」などと呼ばれていた。団扇は美人画の小道具としてよく描かれる。
江戸時代に盛行した浮世絵の中でも、多色刷りの木版画の総称。夢二も錦絵と同じ仕組みで、彫師・擦師と分業して多色刷り木版の制作を行なった。団扇に貼るための錦絵を「団扇絵」と呼ぶ。
季語で見る日本の夏を代表する風物
本で知る
狩谷棭斎自筆奥書『倭名類聚抄』 巻6調度部下・服玩具
源順,狩谷望之写
『十巻本和名抄』巻6の団扇の例。「団扇 唐令云団扇方扇〈団扇 宇知波〉」とあり、漢語の「団扇」に対する和名が「宇知波(うちは)」であることが示されている。『和名抄』は、平安中期の漢和辞書。十巻本と二十巻本とがある。源順編。天地・人倫など部門別に漢語を掲出、出典・音注・証義を示し、和名を万葉仮名で記す。掲載書は、江戸時代の考証学者狩谷棭斎(1775-1835)が、『和名類聚抄箋注』(『和名抄』の注釈書)を編纂する際、対校本文として用いるために作成した『和名抄』の一本(京本「又一本」)の写本。棭斎自筆の奥書がある。狩谷家旧蔵本。
延喜式 巻5
藤原時平撰
『延喜式』は、平安中期の法典。醍醐天皇の命によって、905年(延喜5)に編纂が開始され、927年(延長5)に完成、967年(康保4)施行。巻五「神祇五」の初斎院装束の項目に、「大翳二枚」の記述があり、「大翳」は鳥の羽や絹布を張ったうちわ型の道具で、3メートル程度の長柄のついているものをさす。ただし、ここでの読みは「オホハ」で、「うちわ」の名称は使われていない。掲出本はケンブリッジ大学図書館のアストン・コレクションのうちの一冊。慶安元年(1648)の版本。
病の草紙
平安末期から鎌倉初期の絵巻『病草紙』に描かれる、檳榔(びろう、ヤシ科の植物)で作った丸い形の檳榔扇(びろうおうぎ)を持つ男。当時のものは多くが円形であったため、この形のものが一般化して「団扇」という文字が定着していった。掲出の絵巻は、常盤光長画、寂蓮画とされる原本を、江戸時代の漢方医、多紀元簡(1755-1810)が模写させたもの(寛政12年元簡識語)を、さらに多紀楽春院が模写させたもの(嘉永7年楽春院識語)。元簡によれば、原本の所有者は幕府御用絵師の板谷慶意(1760-1814)という。
誹諧初学抄
徳元,刊
俳諧作法書。斎藤徳元著。寛永18年(1641)自跋。山崎宗鑑の句として「月にえをさしたらはよき団かな」を収録する(「うちわ」を「団」の一字で表記)。この句を掲げて、宗鑑を荒木田守武とともに「誹諧に名をえ」た人物とし、「此句躰をみて心得給ふへし」とする。『誹諧初学』は、寛永18年(1641)正月25日自跋刊。連歌の式目にならって、俳諧の式目・季寄せ等を記した書。俳諧の作法書としては初期のもので、俳書の出版としても早い。掲出本は、国学者榊原芳野の旧蔵で、「榊原家蔵」の印がある。
去来抄
向井去来の『去来抄』の一節。『誹諧初学抄』に山崎宗鑑句として取り上げられた、「月に柄をさしたらはよき団かな」について論じている。「月に柄を」の句は「不易の体」のっとったもので、「一時の物数寄(新奇な趣向)」を追い求めたものではないものと評している。
団扇絵づくし
菱川師宣 筆,鱗形屋
絵本。菱川師宣画。天和4年(1684)鱗形屋刊。書き題簽で「団扇画様集(だんせんぐわやうしう)」とある。序題は「団扇絵づくし」。丁の裏に団扇、表に扇を配し、両図は見開きで一部分交差するように配され、美人絵、山水画、武者絵など様々な図柄が描かれ、頭書に絵の解説が読み物風に記され、和歌が添えられている。合計40図収録。福田文庫(福田敬同)・小汀文庫(小汀利得)・月明荘(弘文荘反町茂雄)・拝土(ハイドコレクション)の蔵書印がある。
友禅ひいながた 巻4
稀書複製会 [編],米山堂
小袖模様の雛形本に掲載された団扇の図案。『友禅ひいながた』は、貞享5年(1688)刊。著者は宮崎友禅の門人であった日置清親。1、2巻に小袖雛形、3巻に夜着、帷子、浴衣の模様、4巻には帯、手拭、風呂敷、扇、色紙、短冊などの日常調度の模様を収録する。現存は稀で、掲載書は稀書複製会による複製。
日本永代蔵 巻4「祈る印の神の折敷」挿絵
井原西鶴,森田庄太郎,金屋長兵衛
『日本永代蔵』は、井原西鶴の浮世草子。貞享5年(1688)刊。掲出は、いくら働いても貧乏から抜け出すことができず、それならと貧乏神を祀った夫婦の物語の挿絵。藁人形に渋紙の帷子を着せ、紙子の頭巾に破れ団扇を持たせて拝んでいるところ。
今様職人尽百人一首 うちわ師
近藤清春 [著],稀書複製会 編,米山堂
江戸中期の絵師、近藤清春(生没年未詳)による百人一首絵本。『小倉百人一首』の歌詞をもじった狂歌に当時の職人の風俗図を書き添えたもの。刊年は不明だが、享保頃のものか。掲載の「うちわ師」の図には周防内侍の「春の夜の夢ばかりなる手枕にかひなく立たむ名こそ惜しけれ」を本歌として「はるのゑのよにめづらしきはんじものかたちをまなぶゑこそおしけれ」が配されている。近藤清春は、江戸の人。通称助五郎。宝永から享保頃にかけて、浄瑠璃本・仮名草子・赤本・咄本・評判記などの挿絵を描いた。掲出本は、稀書複製会による複製。
和漢三才図会 巻25 容飾部
寺島良安尚順 編
江戸時代の図入り百科事典『和漢三才図会』の「団扇」の項。同書は、寺島良安著。正徳二年(1712)自序。全105巻。和漢古今の万物を天・地・人三才に分け、それぞれに絵図を付し漢文で簡潔に解説したもの。
俳諧百一集 尼芳樹
八椿舎康工 編,橘屋治兵衛
『俳諧百一集』は、江戸中期の俳人尾崎康工(1701−1779)の編。明和2年刊(1765)刊。山崎宗鑑、荒木田守武以下の俳人百人を選んで、その肖像を描き、代表的な句一句をあ げ、短評も添えている。康工は、中川乙由(おつゆう)の弟子で、芭蕉の影響をうけ諸国を歴遊した。掲載の句は、「筆のさや焼てまつ夜の蚊遣かな」で、作者は「尼 芳樹」とあるが人物は不詳。
珍説女天狗
市場通笑 作,鳥居清長 画
男をさらって、羽団扇(はうちわ)を手にして空を飛ぶ天狗。江戸後期の黄表紙『珍説女天狗 』の一場面。作者は市場通笑(1739?―1812)、絵は鳥居清長。刊行は安永9年(1780)。山伏装束、赤ら顔で鼻が高く、鳥のような嘴 (くちばし) で、羽団扇を持ち、この団扇によって空を飛ぶ、という一般に流布した通りの天狗を描いている。
鶉衣 奈良団賛
俳文集。横井也有 (よこいやゆう、1702-1783) 著。4編12冊。也有が生涯に残した俳文をほとんどすべてを収録する。掲出の「奈良団賛(ならうちわのさん)」は、冒頭の小文で、奈良名産の奈良団扇を扇と比べながら、その俳諧味を称賛する。『鶉衣』は、著者の死後、大田南畝がその文章のおもしろさに感動して、天明7年(1787)に前編、翌年に後編を出版したもので、和漢の故事、ことわざをはじめ、自然や人事など広い主題について、技巧を凝らした軽妙な文章で書かれている。続編・拾遺編は文政6年(1823)に続刊された。
團扇合美人揃
尚左堂俊満 画,刊
江戸後期の浮世絵師、窪俊満(くぼしゅんまん、1757-1820)画の狂歌物合。寛政9年(1797)刊か。元外題は「狂歌 団扇合美人揃」。半丁ごとの上部に狂歌三首、その下に図を置く。狂歌の作者は、一榎菴笛成、正木桂長清、尚左堂俊満の三人。各図は、美人を交えた縦長の暖簾形である。題名に「団扇合」とあるように、狂歌師が持ち寄ったのは団扇型の図案であったと思われるが、それを俊満、東橋が暖簾形に焼き直したものか。本書は『東都名所煙草入合』と合綴、半紙本合1冊としたもの。
豊国画稿
歌川豊国 画,写
2世歌川豊国の画稿。美濃判、写1帖。肉筆画13枚を貼り込んで、帖装とする。茶色、肉色、空色などの彩色。絵の内、12枚は団扇絵、1枚は切り貼りによる絵手本。団扇絵は、花飾りの中に二つの画面を設け、美人画と歴史上、文学上の伝説による画題を組み合わせる。人物名は「知盛」「悪源太義平、難波六郎」「坂田金時、鬼童丸」「犬塚信乃戌孝、犬飼硯八信道」「木村長門守」「加藤清正」「曽我五郎、小林朝比奈」「犬田小文吾」「義高」「森蘭丸、安田作兵衛」「平敦盛、玉織姫」。
月岡芳年 芳年存画
芳年,秋山武右衛門
江戸末期から明治の浮世絵師、月岡芳年(1839-1892)による貧乏神(「邪鬼窮鬼」)の図。明治17年(1884)刊。柿渋染めの帷子(かたびら)に紙子烏帽子、柿渋を塗った団扇を持った貧乏神の定番の姿で描かれている。
諸問屋名前帳 57巻 [50] 団扇、草紙、暦、煙草入、花松
写
嘉永4年(1851)諸問屋再興以来の諸問屋および商工組合の連名簿で、各その住居を記し、実印を捺している。58冊。廃業者または他人に譲渡したもの、新規加入のあった時には書き加えて幕末におよんでいる。記載されたものは株の所有者であるが、必ずしも直接経営者とは限らない。書継は部分的には明治初年まであり、書継部分の多いことがこの資料の特色である。書継の内容は、新規加入、相続、譲渡、改名、転宅、家主・店支配人の変更などに及んでいる。
大阪川田豊七商店 団扇絵見本帖
大阪市東区久宝寺町の木綿商、川田豊七商店による団扇の絵柄の見本帖。「明治27年4月10日発行」の刊記があるが、一般的な団扇の図案の中に勲章の絵や「祝凱旋」「大日本大勝利」などの文言が散見するところから、日清戦争中(明治27年夏7月~28年春)または戦争終了後のものか。
現今名家団扇集
山田直三郎 編,芸艸堂
大正3年刊。京都の図案画譜の老舗出版社「芸艸堂」が所蔵する団扇の写真を収録した作品集。竹内栖鳳、土田麦僊、木島櫻谷など、大正時代に活躍していた日本画家が手がけた団扇を掲載している。
古事類苑 第43冊
神宮司庁 編,古事類苑刊行会
明治時代政府によって編纂された百科事典。明治12年(1879)に文部省で編纂が開始され、明治40年編纂完了。大正3年(1914)刊行終了。1000巻。六国史から慶応3年(1867)までの基本的文献史料に見られる、制度・文物・社会全般の事項を天部・歳時部・植物部・金石部など30部門に分類し、その解説と関連する史料を原文のまま引用し掲載する。「団扇」は「服飾部二十五」に掲載。
現今名家団扇集
山田直三郎 編,芸艸堂
竹内栖鳳(1864-1942)、土田麦僊(1887-1936)、菊池芳文(1862−1918)をはじめとする、京都在住の画家による団扇絵を集めた画集。大正3年(1914)、芸艸堂(うんそうどう)刊。
もっと知りたい
絵画に描かれた団扇
東京国立博物館,Tokyo National Museum
室町時代(15世紀)。人麻呂(ひとまろ)は歌聖と称えられた万葉歌人。豹皮(ひょうがわ)の上に坐し、筆を持した右手を頬にあて、料紙を持した左手を脇息に置き、その前には団扇の上に二つ折りにした料紙の束と、竹で編まれた硯箱が置かれる。こうしたモチーフは中国の文人像を踏まえたもので、大変珍しい。
鈴木春信/画,Suzuki Harunobu
宝暦10年~明和7年(1760~1777)。美人画を得意とした江戸中期の浮世絵師・鈴木春信の作。団扇売は江戸時代の行商人の一種で、初夏に団扇を売り歩いた。
歌麿〈1〉, 蔦屋 重三郎
喜多川歌麿の代表作。三美人の高島屋おひさを描く。手に持つ団扇には、高島屋の紋である「丸に三つ柏」が描かれる。
喜多川歌麿筆,By Kitagawa Utamaro (1753?-1806),東京国立博物館,Tokyo National Museum
江戸時代(18世紀)。8代将軍徳川吉宗が、飢饉と疫病による死者の慰霊と悪病退散を祈願して隅田川の川開きの際に花火を打ち上げて以後、両国の花火は江戸の夏の風物詩となった。モノトーンのシルエットで表わされた岸辺と舟、赤い提灯の火が際立って夜の景色であることがわかる。(20160712_h10-2) 美人画で有名な喜多川歌麿による、浮世絵版画です。団扇を手にした女性や子どもが、橋の上から大きな花火を眺めています。耳を押さえているようなそぶりの女性や、手をのばして空を見上げる子どもを見ると、花火を打ち上げる大きな音や人びとの歓声が聞こえてくるようです。 ここは隅田川、両国橋。享保17年(1732)に西日本を飢饉が襲い、また江戸ではコレラが発生して多くの死者が出ました。こうした死者への供養のため、翌年幕府は水神祭を行い、花火が上げられたのです。これ以降、川開きと日をあわせ、花火が打ち上げられ江戸の夏の風物となったそうです。 空は上の方だけが、筆を網にこすって墨を散らす方法で雲のように黒くぼかされ、あとはそれほど暗い色で描かれていません。しかし、遠景の舟などはほぼモノトーンのシルエットで表わされており、そこに赤い提灯の火が際立つことで、これが夜の景色であることがわかります。
勝川春章筆,By Katsukawa Shunshō (1743–92),東京国立博物館,Tokyo National Museum
江戸時代(18世紀)。役者絵を得意とした春章には珍しい美人絵である。衣の襟や袂、裾の線描が画面の印象を優美なものとしている。柱絵の特長をいかした構図であるが、女性の視線の先に何があるのかが、大いに気になるところである。
上村松園 (1875 - 1949),UEMURA, Shoen (1875 - 1949)
昭和7年(1932年)。明治~昭和時代の女流日本画家、上村松園の作。本図は、ある日の夕方、松園が行水をしていた際に虹を見たことから着想を得て描かれた。左側の女性の手に団扇が描かれている。
上村松園 (1875 - 1949),UEMURA, Shoen (1875 - 1949)
大正13年(1924)。明治~昭和時代の女流日本画家、上村松園の作。楚蓮香は松園が繰り返し描いた画題で、中国唐の玄宗皇帝の時代、長安一といわれた伝説の美女。手には中国風の団扇を持つ。
メアリー・カサット,Mary Cassatt
限りない深さをみせる美しいブルーを背景に、若い女性が淡いピンクのドレスを着て座っている。モデルの右手から胸元にかけて色づけられたブルーの影、テーブルと花瓶の不自然な位置関係、扇や竹(テーブルの縁)といったモチーフに、印象派的、日本的な絵画の諸要素を見いだすことができるだろう。また本作は、パステル画の名手カサットが、コロリスト(色彩画家)としても類いまれなる才能を持ち合わせていたことも示している。
鈴木春信筆,By Suzuki Harunobu (1725?-70),東京国立博物館,Tokyo National Museum
江戸時代(18世紀)。
柴田是真/画,Shibata Zeshin
明治21年(1888)。
石井 柏亭,ISHII Hakutei
大正9年(1920)。
竹久夢二 (1884 - 1934),TAKEHISA, Yumeji (1884 - 1934)
国貞〈2〉,シハ 増銀
三枚続の内、中ぬけ
国芳,久
楊洲周延,秋山武右衛門
魚屋北溪筆,By Totoya Hokkei (1780-1850),東京国立博物館,Tokyo National Museum
北洲,堀江市ノ側,利新 利倉屋 新兵衛 ,奴野干平〈3〉中村 歌右衛門
白隠慧鶴 HAKUIN Ekaku,Heron,sumi on paper,木村定三コレクション / Kimura Teizo Collection
団扇絵
葛飾北斎筆,By Katsushika Hokusai (1760–1849),東京国立博物館,Tokyo National Museum
江戸時代(19世紀)。団扇絵は、団扇に貼って使うための作品。体に巻きつかせた蛇を断ち切るといわれる雉子が、蛇と死闘を前に間合いを計る緊張感に満ちた一瞬を描く。雉子の体から尾まで伸びた曲線が、団扇の輪郭と呼応している。北斎が好んだ主題だったようで、同様の図が現存する。
歌川広重筆,By Utagawa Hiroshige (1797–1858),東京国立博物館,Tokyo National Museum
江戸時代(19世紀)。歌川派の団扇絵は、美人を主なテーマとして、その上半身を描いたものが多いのだが、広重の作品では、名所を背景に美人の全身像を描き込んだ季節感豊かな作品が多くなっている。団扇絵は彫りと摺りのしっかりした作品が多くそれも見所の一つである。
歌川国芳筆,By Utagawa Kuniyoshi (1797–1861),東京国立博物館,Tokyo National Museum
江戸時代(19世紀)。舟を迎える芸者猫の着物には好物のあわびやうなぎ、船頭猫にはこれも好物の蛸が染められ、腰に「又たび」の文字の手拭い、客の猫では、猫に小判。さらに、タイトル「猫のすゞみ」は鰹節で囲まれています。猫好きの国芳が両国橋を背景に描いたユーモアあふれる団扇の絵です。 人間のように着物を着た猫が、桟橋に舟を寄せようとしています。出迎えているのも、猫。なんだか不思議な絵ですね。 作者の歌川国芳は、大の猫好きで、擬人化した猫を描いた作品がたくさんあります。この絵の中には、猫にちなんだモチーフが散りばめられていますので、探してみてください。 まず、中央のタイトル「猫のすゞみ」は、縄で束ねられた鰹節で囲まれています。夕涼みの人びとで鈴なりの両国橋をバックに、芸者猫が舟を迎えに出てきました。着物には、猫の好物のあわびやうなぎのもようが見えます。舟をあやつる船頭猫は、腰に「又たび」と染められた手ぬぐいをはさみ、これも猫の好物とされる蛸のもようの浴衣を着ています。舟の中にある提灯にも「又」の文字が見えますから、この船宿は「又たび」という屋号なのかもしれません。一番左、芸者猫に迎えられ、舟から降りようとしている客の猫の浴衣には、うっすらと小判のもようが散らされています。美しい芸者猫と過ごす時間も、猫に小判、ということでしょうか。 国芳の、猫に対する愛情とユーモアがあふれんばかりの一枚です。A kimono-clad cat tries to draw a boat towards a jetty. The approaching boat is also manned by cats. This is a strange image, isn’t it?The artist Utagawa Kuniyoshi was a big cat lover and produced many works featuring anthropomorphized felines. The picture is interspersed with food items beloved by cats. How many can you find?Firstly, take a look at the Japanese writing at the top center of the image. This is the title of the work and it is circled by dried bonito tied together with a rope. Just below, Ryogoku Bridge throngs with revelers enjoying the evening cool. In the foreground a courtesan cat has come to meet a boat. Her kimono features abalone and eel motifs. The cat helming the boat is wearing a yukata summer garment with an octopus design. Tucked in the back is a hand towel featuring the Japanese characters for ‘matatabi,’ or silver vine, a plant similar to catnip that cats love. The boat’s lantern also features the characters for ‘mata,’ so perhaps the name of this boathouse is ‘matatabi.’ This work is infused with Kuniyoshi’s affection for our feline friends.
歌川芳玉筆,By Utagawa Yoshitama (1836-1870),東京国立博物館,Tokyo National Museum
江戸時代(19世紀)。琴を手元へ引き寄せた若い男が、廂で団扇を手にした娘と何やら話している。ほの暗い庭には小川が流れ、ナデシコが咲いている。年上の女性は、青や紫の朝顔で彩られた着物に黒い帯を締め、提灯には明かりが灯り、涼しげな夏の夜の情景を艶やかに演出している。
五渡亭国貞 画,刊
団扇絵の形式で描かれた役者の似顔絵集。歌川(五渡亭)国貞画。二人の役者を対で描いた92枚を収録する。書名は書き題簽による。掲出は、市川海老蔵(7代目団十郎)の助六と5代目岩井半四郎の揚巻。
豊国,国周,房種,刊
国貞〈1〉
文政8年(1825)。歌川国貞筆。
貞秀
天保9年(1838)。歌川貞秀筆。
歌川国芳/画,Utagawa Kuniyoshi
天保13年(1842)。歌川国芳筆。
国芳, なし
天保13年(1842)頃。歌川国芳筆。
国芳, 伊場屋 仙三郎
弘化1年(1844)。歌川国芳筆。版元は伊場屋仙三郎。
暁斎
明治12年(1879)。河鍋暁斎筆。
柴田是真/画,Shibata Zeshin
江戸末期~明治前期。柴田是真筆。
国周,神田うぢ丁五番地 出版人 長谷川常次郞 長谷川 常次郞
明治17年(1884)。豊原国周筆。
柴田是真/画
大正末期~昭和初期。柴田是真筆。
団扇の意匠
東京国立博物館,Tokyo National Museum
江戸時代(19世紀)。能「西王母」を主題とした長寿を願う袱紗。西王母という仙人が周の王に、食べれば永遠の命が得られるという桃の実を贈ったという物語であるが、実際には西王母は描かれず、唐団扇と桃によって象徴される。登場人物が不在なため「留守模様」と称する。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
江戸時代(19世紀)。簪は髪飾具のひとつで、江戸時代になると結髪が技巧化するにつれて髪に差して飾る簪にも高い装飾性が加わるようになった。流行や禁制による変化がみられるが、金銀の素材を用いた歩揺(ほよう)のついた華美なものから、洒落のあるものまで多彩な表現がみられる。
伊万里,Imari ware,平野耕輔氏寄贈,Gift of Dr. Hirano Kosuke,東京国立博物館,Tokyo National Museum
江戸時代(18~19世紀)。落ち着いた発色の染付で楼閣山水の図があらわされ、左下四分の一を区画して団扇を片手に蛍を追う子供の図が描かれている。裏面外周には宝尽し文があらわされている。高台内に釉薬の上から刻まれた「★」は、この皿の所有者を示すと考えられる。(★:やねかんむり、小)
東京国立博物館,Tokyo National Museum
江戸時代(18世紀)。地色を白・萌黄・紅の段染とし、白・萌黄・金糸(きんし)などで霞模様の地紋を織りいれ、菊花、羊歯(しだ)の葉、扇や団扇(うちわ)形の地紙模様を上紋に織り出す。重厚な模様の唐織は江戸時代後期にかかるデザインであろう。能の舞台では、女性役の表着(うわぎ)として使用される。これは、唐織とよばれる能装束です。唐織とは、主に女性を演じる際に着用する表着(うわぎ)のことで、もともとは織物の名称でした。模様の部分の絹糸がふんわりと浮いているので、刺繍のように見えるかもしれませんが、これらの模様は織り込まれています。唐織の特徴は、刺繍のような風合いや、バリエーション豊かなもようの表現にあります。ベースの色として、淡茶、萌黄、紅色が石畳模様のように段違いになっているところに、白や萌黄、金の糸で霞模様の地紋を織り入れています。そこにあらわされているさまざまな模様に注目してみましょう。まずは桃のようなかたちの団扇形と、扇形の中に、竹や若松、杜若などの模様がみえます。ほかには、菊の花、羊歯の葉、そして桐唐草などの模様も繰り返し登場しています。このように、吉祥模様や草花の模様がさまざまに散りばめられ、デザインに盛り込まれた要素がとても多いのがこの作品の特徴です。現代風にいうと「全部盛り」のこのデザイン、一見豪華に見えますが、さまざまな模様があるということは、色々な演目に流用できる、便利な装束であったとも推測できます。また、菊と羊歯の模様は同時代の他の装束にもよく出てくるもので、おそらくこの紋を織り出すための装置を再利用しているものと思われます。こうしたデザインは、江戸時代後期の唐織の特徴でもあります。
アンリー夫人寄贈,Gift of Mrs. Henry,東京国立博物館,Tokyo National Museum
江戸時代(19世紀)。紗綾形(さやがた)のような幾何学形のパターン模様と梅・桜・藤・牡丹・杜若・菊といった四季折々の花束模様を交互に配した豪華な刺繡模様は、江戸時代後期の武家女性が着用する礼装のデザイン様式です。成人前には振袖でしたが、結婚後は振りを切り留袖(とめそで)としました。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
江戸時代(19世紀)。肌触りの良い絹縮(きぬちぢみ)を単仕立(ひとえじたて)にした夏の衣料。桜楓や松竹梅などを総模様にしたデザインは、武家女性の典型的な様式で「御所解(ごしょどき)」と称される。雪景色に蓑(みの)・鉾(ほこ)・鞭(むち)などを配した留守模様は能「鉢木(はちのき)」を主題としたものであろうか。
明治時代(20世紀)。常形4段の印籠で、金粉溜地に高蒔絵で邯鄲を表し、盧生の夢部分は研切蒔絵で表す。段内部は金梨子地。底部右下に作銘があるが、類例が多数現存し、明治中期以降の当時の新作。人気のあった商品とみられる。当時の新作に携わった一派の証言によれば、団扇を透かして顔を見せる部分は、透明感を出すために、膠でなくゼラチンで青貝を貼ったという。
沖縄本島,Okinawa Main Island,東京国立博物館,Tokyo National Museum
京都国立博物館 Kyoto National Museum,Kyoto National Museum
東京国立博物館,Tokyo National Museum
京都国立博物館 Kyoto National Museum,Kyoto National Museum
線刻銘「陵民(花押)」,郷誠之助氏寄贈,Gift of Mr. Gō Seinosuke,東京国立博物館,Tokyo National Museum
京都国立博物館 Kyoto National Museum
日本の団扇
東京国立博物館
室町時代(15世紀)。軍配とは、「軍配団扇 (うちわ)」 の略。戦国時代の武将が自軍を指揮するために用いられたもので、室町末期頃から多用されるようになったと見られる。
享保8年(1723)。 江戸時代中期(18世紀)の軍配団扇。
沖縄県で使用されていたビロウ扇。ヤシ科常緑高木「ビロウ(檳榔)」の葉で作られている。
歌舞伎の小道具で雨うちわとよばれる。これを振ると、縫い付けられて大豆やビーズが渋紙に当たって雨音の効果音を出す。(解説:国立民族学博物館編 2015 『月刊みんぱく』 第8号より)
荒瀧商店
愛国行進曲の歌詞などが印刷された紙製のうちわである。骨には竹が使用されている。
大森団扇工場(田辺) 川島草堂(絵) 河東碧梧桐(句)
昭和天皇の紀南行幸を記念し、また行幸記念碑建立に賛同した人々に贈るために作られた団扇。和歌山県出身の日本画家・川島草堂の貝類の画など3種、南方熊楠の同級生、俳人・河東碧梧桐の俳句2種で一組みとした。この団扇は田辺の産物芦柄団扇で、大阪の彫工と刷工に版画を注文した。
大森団扇工場(田辺) 川島草堂(絵) 河東碧梧桐(句)
短冊・色紙・うちわ・扇子
東京国立博物館
森永乳業荻窪配給所,Morinaga Nyugyo Ogikubo Haikyusho
地域:京都府
地域:京都府
山口県長島の民具(革団扇)。
地域:福岡県
地域:東京都小笠原諸島
地域:京都府
世界の団扇
地域:インドネシアバリ島 水牛の皮を骨組みに貼り付けたうちわ。中央にはワヤン(影絵)に使われるラーマーヤナの主人公、ラーマ王子像が描かれている。(解説:『月刊みんぱく 2015年8月号』より)
地域:メキシコ ヤシ科植物の葉を利用して編んだ華やかな感じのするうちわ。暑いときにこれであおぐほか、火をおこすときなどにも使用する。(解説:『月刊みんぱく 2015年8月号』より)
地域:フィジー 戦時に首長であることを誇示するために使われた大型のうちわ。オセアニアで広く使われたタコノキ科の葉ではなく、ヤシ科植物の葉が使われている。(解説:『月刊みんぱく 2015年8月号』より)
地域:ウズベキスタン 二重仕立ての木綿製うちわ。表は多色の絣(かすり)で、黒い布でパイピングされている。火鉢の火をおこしたり肉を焼いたりするときに使われる。(解説:『月刊みんぱく 2015年8月号』より)
地域:トーゴ 植物を編んで柄をつけたうちわ。アフリカのうちわの歴史は古く 、紀元前3世紀ごろのエジプトで見つかった棺(ひつぎ)にも描かれている。(解説:『月刊みんぱく 2015年8月号』より)
地域:マーシャル諸島 パンダナスの葉とオオハマボウの繊維を編んで作られたうちわ。円形のうちわはマーシャル諸島に特徴的で、細かい模様が織り込まれている。(解説:『月刊みんぱく』2015年8月号より)
地域:タイ 竹を裂いたものを編んで柄をつけた円形の大型うちわ。米を脱穀する際にほこりやもみ殻を吹き飛ばすために使われる。(解説:『月刊みんぱく 2015年8月号』より)
地域:タイ タイで使用されている説法用うちわ。僧侶が読経の時に顔を隠すために使われている。
地域:ラオス 稲籾選別用扇。ラオス暦の1月頃、田で稲籾を吹き分ける際に使用する。男女兼用だが、主として男性が使用する。材料は竹。
地域:中国 海南省通什市のうちわ。竹を編んで作られており、祝事に使う「双喜」の模様が施されている。
地域:アメリカ合衆国(米国) ハワイ諸島
地域:モロッコ
地域:サモア諸島
地域:カメルーン
地域:ペルー
地域:マレーシア 材料:竹,パンダナス(タコノキ)の葉
写真資料
撮影者不詳,,,
撮影場所:日本 鳥取県 気高郡 鹿野町
撮影者不詳,,,
撮影場所:日本 岐阜県
撮影者不詳,,,
撮影場所:日本 熊本県 鹿本郡 鹿本町
日下部 金兵衛,KUSAKABE Kinbee
明治13年(1880)。撮影したのは明治時代に活躍した写真家・日下部金兵衛。日下部金兵衛は、明治10年(1877)に横浜に写真館を開業。その後、風景写真の輸出、欧米のカメラや活動写真の輸入販売を手掛ける。また、国内外の博覧会に写真作品を出品し、高い評価を得た。
稲垣 嘉英
江戸時代より伊勢詣の土産物として東海道「日永の宿」で盛んに売られていた日永うちわ。一本の細い竹をそのまま使っているので、柄が丸く、よくなじみ、手に持つとひんやりと心地よい感触がします。竹を細かく割き、それを交互に袋状に編んでいるので、弓のようにしなり、風が柔らかくなびくのです。日永うちわの他に資料室には昔のうちわや外国のうちわの展示もあり、シーズン中は展示室に作業場を構え、うちわ貼りの工程の一部を見ていただくこともできます。(要予約)
1906(明治39)年9月1日(年月日消印) うちわを手にした女性の写真
92×142
1908(明治41)年7月17日(年消印、月日書入) うちわを持つ着物姿の女性
小出町写真館 モノクロ ガラス乾板 107×82
1900~1925(明治33~大正14)年 魚沼市(北魚沼郡小出町) スタジオ撮影 女性1人 立ち姿 和服、手に団扇
小出町写真館 モノクロ ガラス乾板 100×62
1900~1925(明治33~大正14)年 魚沼市(北魚沼郡小出町) スタジオ撮影 家族2人、親子 椅子に座っている女性(和服、手に団扇) 立っている女の子(和服)
小出町写真館 モノクロ ガラス乾板 107×82
1900~1925(明治33~大正14)年 魚沼市(北魚沼郡小出町) スタジオ撮影 男性1人 労働者 椅子に座った姿 作業服、半纏「運木組」 手に団扇
小出町写真館 モノクロ ガラス乾板 107×82
1900~1925(明治33~大正14)年 魚沼市(北魚沼郡小出町) スタジオ撮影 男性2人 男性(和服、浴衣、手にステッキ) 座る男性(和服、浴衣、手に団扇)
小出町写真館 モノクロ ガラス乾板 82×107
1900~1925(明治33~大正14)年 魚沼市(北魚沼郡小出町) スタジオ撮影 家族2人 座って団扇を持っている女の子(洋服)と提灯をもっている男の子(洋服)
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奈良県明日香村にある高松塚古墳。下段の直径23メートル、上段の直径18メートル、高さ5メートルの2段式の円墳で、7世紀末から8世紀はじめ頃に築造されたと推定されています。1972年に極彩色の壁画が発見されたことで一躍有名になりました。古墳は特別史跡に、壁画は国宝に指定されています。<br><br>(この動画は、2009年、2014年に放送したものです。)
京都、八坂神社の門前町、祇園。300年以上前から、芸妓とは別に、舞を舞う少女が舞妓として育てられてきました。京都でも独特の文化をもつ祇園に生きる女性たちの、厳しい芸としきたりの世界を紹介します。<br>(この動画は、1996年に放送したものです。)
夏の徳島と言えば阿波おどり。お盆の時期、町は阿波おどり一色に染まります。男女で違う踊りの特色、盆踊りとしてのルーツなど、阿波おどりのイロハを紹介します。<br><br>(この動画は、2011年に放送したものです。)
山鹿灯籠まつりは熊本県山鹿市で毎年8月に行われる夏祭りです。見どころのひとつが、「金灯籠」と呼ばれる灯籠を頭上に載せた千人の女性たちが優雅に舞い踊る「千人灯籠踊り」。幾重にも重なる灯の輪が、見る人を幻想的な世界へと誘います。<br><br>(この動画は、2004年、2007年に取材したものです。)
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国立民族学博物館(みんぱく)は、世界最大級の博物館機能と大学院教育の機能を備えた、文化人類学・民族学の研究所として世界で唯一の存在です。日本や世界の団扇を収蔵。
丸亀うちわの歴史を伝える総合博物館。さまざまな丸亀うちわ、うちわづくりの模型人形、文献などを展示。実演コーナーでは、職人が伝統の技と工程を披露するほか、全国の主なうちわも展示。
京都府の伝統工芸品「京うちわ」の種類や制作工程を紹介。
香川県の伝統工芸品「丸亀うちわ」の歴史や制作工程を紹介。
千葉県の伝統工芸品「房州うちわ」の歴史や制作工程を紹介。
参考文献
- 日立デジタル平凡社,平凡社
- 責任表示
- 二次利用について
- 最終更新日
- 2024/03/16


