龍谷大学図書館特別展観 「日渓法霖と学林」
龍谷大学大宮図書館2026年度特別展観
目次
ごあいさつ
龍谷大学図書館長 前川貴史
このたび、龍谷大学図書館では、特別展観「日渓法霖と学林」を開催いたします。
本展観では、本願寺派第四代能化である日渓法霖(1693~1741)を中心に、法霖が学び、またその発展に尽力した学林に関する資料、さらに法霖と同時代を生きた学僧たちの著述や、法霖と論を交わした華厳宗の学僧・鳳潭に関する資料などを紹介します。
江戸時代の西本願寺学林は、今日の龍谷大学につながる教学研究の場であり、そこでは経典や祖師の著述をめぐって、さまざまな議論が積み重ねられていました。本展観では、そうした学問の営みを、現在に伝わる貴重な資料を通してご覧いただきます。
龍谷大学図書館に収められている古典籍は、過去の知識を保存しているだけのものではありません。一冊の書物、一点の記録には、それを読み、書き、講じ、問い、そして次の世代へ伝えようとした人々の営みが刻まれています。
今回展示する資料からは、学林でどのような学問が行われていたのか、法霖が何を学び、何を考え、いかに自らの教学を形づくっていったのか、また、異なる立場の学僧との議論を通して、いかにその考えを深めていったのかをうかがうことができます。教学の歴史を伝える貴重な資料を実際にご覧いただくことで、その背後にある人々の学問への情熱や思索の軌跡にも思いを馳せていただければ幸いです。
とりわけ、法霖と鳳潭との間で交わされた論争をはじめとする諸資料からは、異なる見解に向き合い、根拠を確かめながら自らの理解を問い直すという、学問にとって大切な姿勢を見ることができます。そこには、江戸時代の教学研究にとどまらず、今日においても私たちが学び、考えるうえで示唆されるものがあるのではないでしょうか。本展観が、異なる考えに耳を傾け、自ら問いを立て、学びを深めていくことの意味について考えるひとときとなることを願っております。
最後になりましたが、本展観の開催にあたり、ご協力、ご尽力を賜りました関係各位に、心より御礼申し上げます。
序言
龍谷大学准教授 内手弘太
龍谷大学教授 野呂靖
本展観では、本願寺派第4代能化・日溪法霖(1693~1741)を中心に、当時展開されたさまざまな教学論争を取り上げる。江戸期には、学寮・学林を中心として教学研究が活発に展開し、経典や宗祖親鸞の著述、さらには歴代宗主の教学的理解をめぐって、多くの議論が交わされた。そうした議論のなかで、教学者たちは自らの立場を明らかにし、ときに批判と応答を重ねながら、真宗の教えをあらためて問い直していった。
仏教の歴史を振り返ると、その教えは、ただ一つの理解が揺らぐことなく受け継がれてきたわけではない。経典や祖師の言葉をいかに読み、何をその教えの核心として受けとめるのかをめぐって、さまざまな議論が積み重ねられてきた。異なる理解が提示され、ときに厳しい批判が交わされるなかで、自らの立場が問い直され、新たな教学的理解が形成されてきたのである。その意味で、「論争」は仏教思想の歴史を形づくってきた重要な営みの一つであったといえよう。
なかでも日溪法霖は、膨大な経論・典籍を渉猟しながら自らの教学を構築するとともに、同時代の仏教者との論争を通して、その立場をいっそう鮮明なものとしていった。本展観に並ぶ資料は、単に過去の対立の痕跡を伝えるものではない。そこには、何を根拠として教えを理解するのか、異なる理解とどのように向き合うのかをめぐって、教学者たちが思索を重ねた軌跡を見ることができる。
もとより、「論争」とは、単に相手を論破し、自説の正しさを競うためだけのものではない。異なる見解と向き合うことによって、自らが当然としてきた理解を問い直し、教えをあらためて確かめる契機となるところに、教学における論争の重要な意味があったのではないだろうか。
本展観が、日溪法霖をはじめとする江戸期の教学者たちの営みに触れる機会となるとともに、仏教において「論争する」とは何を意味するのか、そして異なる理解と向き合いながら教えを問い続けるとはどのような営みなのかを、あらためて考える契機となれば幸いである。
なお、本展観のうち、日溪法霖に関わる解説文については、龍谷大学世界仏教文化研究センターの西村慶哉氏を中心として作成いただき、龍谷大学大学院文学研究科真宗学専攻の藤野暁信氏にもご執筆いただいた。また、本願寺派宗学院研究員の三浦信証氏には、その内容をご確認いただいた。ここに記して厚く御礼申し上げる。
本展観は、龍谷大学大宮図書館、龍谷教学会議、ならびに龍谷大学世界仏教文化研究センター真宗学プロジェクト(代表・嵩満也)・基礎研究部門国際シンポジウム「近世仏教再考―鳳潭とその時代」(代表・野呂靖)の共催により開催するものである。また、龍谷教学会議第六十回大会の開催を記念するものでもある。関係各位のご協力に、あわせて深甚なる謝意を表したい。
第 1 章 『 学林と法霖~先哲の歩み~ 』
日渓法霖(にっけいほうりん)は、本願寺派の教育研究機関であった学林(江戸時代の本願寺派における教育研究機関)において、若き日に学び、やがて指導者的立場である能化職(のうけしょく)として学林の発展に尽力した。
この章では、学林とその前身である学寮に関する記録類や、法霖の先哲及びその著書などについて紹介する。
第 1 章 展示資料一覧
のうけこうしゅかんがくみょうちょう 1巻1冊 写本 縦29.8×横21.2㎝ 請求記号[000.1-18-1] 本書は、歴代の能化(のうけ)と年預勧学(ねんよかんがく)の名が記されたものである。能化職は、学寮創設に伴って寛永17年(1640)に設けられた教学の最高責任者の立場にあたる役職である。史料により初代能化を准玄(じゅんげん)とするか西吟(さいぎん)とするかに相違をみるが、本書は、准玄を学寮で初めて和讃(わさん)を講義した「講僧」とし、西吟(1605~1663)を初代能化としている。勧学職は、三大法論の1つである三業惑乱(さんごうわくらん)の後、学林で講義が再開された文政7年(1824)から能化職に代わって置かれ、講義を行うこととなった。
がくりんしょきろく 1冊 (与『口話筆記(こうわひっき)』等合冊) 写本 縦24.7×横17.7㎝ 請求記号[000.1-10-1] 本書は、江戸時代の学林の記録から、7点の抜書類を集めて1冊に合本したものである。現形のように合冊されたのは表紙の形態などから明治期と推定される。抜書の1つである第3代能化・若霖(じゃくりん)の口話を筆記したとされる『口話筆記』からは、草創から70年余りを経た若霖の時代までの学林の沿革などを窺うことができる。
がくりんばんきかん 1帖 附「入寮保証(にゅうりょうほしょう)」 安政5年(1858) 円海写 縦24.0×横17.0㎝ 請求記号[000.1-76-W-1] 本書は、学林の事務担当者である知事(ちじ)・看護(かんご)の執務マニュアルにあたるものである。正月2日の論議初め(ろんぎはじめ)より12月29日の正月準備の講堂荘厳(こうどうしょうごん)までにいたる学林年間行事の差配を主な内容とする。本学の前身とされる学林の年間行事などを知ることができる資料である。
がくりんじょうやく 1冊 法霖(ほうりん)他編 写本 縦24.2×横16.9㎝ 請求記号[195-13-W-1] 本書は、学林の諸規則について記された書物である。具体的には、慶安5年(1652)、享保8年(1723)、元文3年(1738)、宝暦6年(1756)などに制定された本願寺学林の諸規則を、明治初期頃に集成して書写したものである。諸規則の変遷について知ることができる資料である。
りょうにょしょうにんみえい 1軸 昭和27年(1952)模写 原本京都光隆寺蔵 縦90.0×横39.5㎝ 請求記号[021.1-165-1] 本資料は、本願寺派第13代宗主(しゅうしゅ)・良如(1612~1662)の絵像である。寛永7年(1630)に本願寺を継職し、御影堂の再興、親鸞聖人四百回忌の厳修(ごんしゅ)、徳川幕府との交渉、学寮の創設など近世本願寺の礎を築いた。因みに学寮は、龍谷大学の前身にあたる。
さいぎんしえいぞう 1軸 昭和27年(1952)模写 原本京都光隆寺蔵 縦109.8×横28.6㎝ 請求記号[023.1-291-1] 本資料は、本願寺派初代能化(のうけ)・西吟(さいぎん)(1605~1663)の絵像である。寛永16年(1639)に学寮が竣工し、その翌年准玄(じゅんげん)が能化職を命じられたが、正保4年(1647)に自坊に帰ったので、その年に西吟が能化職を命じられた。西吟は法制七条を定めるなど学寮の綱紀と規範を作り尽力した。
ちくうしえいぞう 1軸 昭和27年(1952)模写 原本京都光隆寺蔵 縦109.7×横28.6㎝ 請求記号[023.1-289-1] 本資料は、本願寺派第2代能化(のうけ)・知空(ちくう)(1634~1718)の絵像である。三大法論の1つである承応の鬩牆(しょうおうのげきしょう)により学寮が破却となった後、学林として再興し、各地に起こった教義上の異論を批判して正した。記録では晩年に至るまで著作と講義を続け、研鑽を積んでいたとされる。
ほうりんしえいぞう 1軸 昭和27年(1952)模写 原本滋賀県日野正崇寺蔵 縦107.0×横41.8㎝ 請求記号[023.1-290-1] 本資料は、本願寺派第4代能化(のうけ)・日渓法霖(にっけいほうりん)(1693~1741)の絵像である。法霖は奇才として知られるが、特に華厳宗の鳳潭(ほうたん)と論争を繰り広げたことや、後の教学への影響などから、本願寺派を代表する学僧の一人として名高い。この像容では、忘却したことを思い出す時の特徴的な仕草が描かれている。
ほうりんしいげたくほん 1軸 [法霖(ほうりん)書] 天保10年(1839)作 縦43.8×横67.4㎝ 請求記号[024.103-9-W-1] 本資料は、法霖の遺偈(いげ)の拓本である。遺偈とは漢詩の辞世である。法霖の遺偈は、激しく乱れる筆跡が死に臨んでいることを無言で物語っていることから、「絶息(ぜっそく)の遺偈」や「臨末偈(りんまつげ)」とも呼ばれる。拓本は、近江日野正崇寺(しょうそうじ)境内にある法霖墓石から採ったものである。
しょうしんねんぶつげようげ 4巻2冊 西吟(さいぎん)著 明暦4年(1658)丁子屋西村九郎右衛門刊 縦26.4×横17.2㎝ 請求記号[123.5-123-W-2] 写字台文庫 本書は本願寺派初代能化(のうけ)・西吟(1605~1663)の著作である。刊行は奥付によると明暦4年(1658)とあるが、『学寮造立事付以後法論次第(がくりょうぞうりゅうのことつけたりいごほうろんしだい)』(祐俊(ゆうしゅん)著)によると、承応2年(1653)に成稿されたようである。その後、第2代能化・知空(ちくう)(1634~1718)が『正信念仏偈要解助講(しょうしんねんぶつげようげじょこう)』を出すなど、同書を註釈した書物が成稿され、また享保7年(1722)に、法霖(ほうりん)が学林で同書を講じている。
あんらくしゅうやくもん 2巻4冊 知空(ちくう)著 延宝7年(1679)跋 美濃屋彦兵衞刊 縦27.8×横19.3㎝ 請求記号[122.5-37-W-4] 写字台文庫 本書は、第2代能化(のうけ)・知空の著作である。浄土教の祖師とされる(唐)道綽(どうしゃく)の『安楽集』は、『観無量寿経(かんむりょうじゅきょう)』を解説したものとされ、聖道(しょうどう)門と浄土門との区別を明確にした書であり、浄土真宗にも大きな影響を与えた。知空は、師である西吟(さいぎん)による『安楽集』の講義を受けたが、それを修正筆記したものが本書である。本書について、学林学匠の最初の学術的著作といわれ、評価されている。
しょうしんねんぶつげもんき 3巻4冊 若霖(じゃくりん)著 泉屋卯兵衛刊 縦26.0×横18.2㎝ 請求記号[123.5-222-W-4] 写字台文庫 本書は、第3代能化(のうけ)・若霖(1675~1735)の著作である。浄土真宗の独自性と優位性を学問的に確立した書とされ、若霖独自の学説を多数見ることができる。享保20年(1735)に、若霖自身が学林での講義においてテキストとして用いている。 また、本書はその解釈の精緻さと教学的発揮から、後世の学僧たちに広く愛読されていたことが様々な史料から見て取れる。
しょうしんねんぶつげもんき(しょうしんねんぶつげもんきききがき) 3巻3冊 写本 縦26.8×横19.6㎝ 請求記号[123.5-114-W-1] 本書は、享保20年(1735)の学林における若霖(じゃくりん)の講義を筆録した「聞書(ききがき)」であり、当時の講義の様子を伝える史料である。注目すべきは、冒頭に記された「文軌」という題号の由来である。若霖は『中庸(ちゅうよう)』の「今、天下、車は軌(わだち)を同じくし、書は文を同じくす」に由来するとし、「祖師(そし)ノナサレタ聖教(しょうぎょう)ハ同文(どうぶん)、私ノ料簡(りょうけん)テハナイアナタノ御分(おわけ)ナサレタ釈文(しゃくもん)ノ道筋(みちすじ)ノトヲリテ釈(しゃく)スルカ同軌(どうき)ナリ」と述べている。親鸞の聖教 (同文)を、私見を交えずその筋道通りに解釈 (同軌)しようとした、若霖の学問姿勢の一端が窺える。
とうけいいこう 1冊 [若霖(じゃくりん)著] 安永4年(1775)丁子屋庄兵衛刊 縦25.9×横18.0㎝ 請求記号[205.2-55-W-1] 本書は、若霖がその生涯の折々に書いた詩116首を収めた詩文集である。序文から若霖没後39年を経た安永3年(1774)に、安芸(あき)(現在の広島)の僧・宗朗(しゅうろう)(?~1778)によって編集・刊行されたことが分かる。 本書に収録される「訪宅観瀾(ほうたくかんらん)」(23丁右)の詩から、同時代の儒学者・三宅観瀾(みやけかんらん)(1674~1718)との親交を確認することができる。また、若霖の詩文と書画が儒者たちに称賛された旨も序文に記されており、若霖と当時の文化人との交流の様子が窺える。
第 2 章 『 法霖の著述~教義を伝え護る~ 』
法霖(ほうりん)はその生涯において、数多くの著述を遺しており、現在でも大きな影響を与えている。
著述は教義の研究に関するもの、子弟の教育に関するもの、教義に異論を唱える者への反駁書(はんばくしょ)など多岐に及んでいる。
この章では、法霖の様々な著述について紹介する。
第 2 章 展示資料一覧
にっけいがくそく 1冊(与『日渓独語(にっけいどくご)』『日渓鳥語(にっけいちょうご)』合冊) 法霖(ほうりん)著 安永9年(1780)銭屋庄兵衛等刊 縦26.7×横18.0㎝ 請求記号[024.3-729-W-1] 本書は、『日渓三書(にっけいさんしょ)』の1つであり、末尾の門人・南麟(なんりん)(生卒年未詳)の跋によれば法霖が38歳の時に著したものとみられる。法霖門下の学侶(がくりょ)を対象にして示された真宗学徒(しんしゅうがくと)の学問規則である。その後、本書に対する多くの注釈書が著されるなど、学林における学問姿勢の手引書として位置づけられた。本書に記される訓詁の義解(くんこのぎかい)より、達意の円解(たついのえんげ)に進む(文字を正しく解釈して物事の真意をつかみ、全体を柔軟に大きく理解する)という立場は、法霖の教学研鑽(きょうがくけんさん)の姿勢を示すものとして知られている。
にっけいどくご 1冊 法霖(ほうりん)記 写本 縦23.7×横17.0㎝ [請求記号104-18-W-1] 写字台文庫 本書は、法霖の随筆である。玄智(げんち)『浄土真宗教典志(じょうどしんしゅうきょうでんし)』に「体裁(ていさい)粗(ほ)ぼ『鳥語』と同じ」と述べるように、構成や体裁は『日渓鳥語(にっけいちょうご)』と近似している。仏教思想のみならず、儒学や老荘思想について記されている。
にっけいちょうご 1冊 法霖(ほうりん)著述 明和5年(1768)廷平写 縦23.9×横16.8㎝ 請求記号[104-16-W-1] 写字台文庫 本書は、法霖の随筆である。玄智(げんち)『浄土真宗教典志(じょうどしんしゅうきょうでんし)』に、「聖浄並論(しょうじょうへいろん)、内外交言(ないがいこうげん)、けだし一時筆語(いちじのひつご)、すこぶる『竹窓随筆(ちくそうずいひつ)』の様に似る」と、中国・明の万暦三(ばんれきさん)高僧(こうそう)の1人である雲棲袾宏(うんせいしゅこう)の随筆に似ていると高く評価されている。その内容は、仏教のみならず、儒教(じゅきょう)・老荘思想(ろうそうしそう)に及んでいる。
にっけいざつろく 1冊 法霖(ほうりん)述 写本 縦23.2×横16.7㎝ 請求記号[150.1-124-W-1] 写字台文庫 本書は、法霖の「方便法身之義(ほうべんほっしんのぎ)」「当流本尊号方便法身尊形弁(とうりゅうほんぞんごうほうべんほっしんそんぎょうべん)」「無上大利弁(むじょうたいりべん)」「行信之弁(ぎょうしんのべん)」を「法華念仏同時経弁(ほっけねんぶつどうじきょうべん)」の5題の著述を収録したものである。中でも「行信之弁」は、その奥書によると、享保12年(1727)夏の法霖による『選択集(せんじゃくしゅう)』の講義に対して、智暹(ちせん)が加えた論難に応答するために著された数篇中の内、行信論(ぎょうしんろん)に関係する一篇である。なお、これら法霖による一連の反駁書(はんばくしょ)は正崇寺(しょうそうじ)に伝わっている。
じょうどもんるいじゅしょうていしんき 4巻4冊 法霖(ほうりん)著 享保21年(1736)植村藤次郎等刊 縦27.8×横19.3㎝ 請求記号[123.2-117-W-4] 写字台文庫 本書は、法霖が著した『浄土文類聚鈔(じょうどもんるいじゅうしょう)』を通釈した書である。自序に元文元年(1736)5月19日の年紀がみえる。「蹄涔(ていしん)」とは、前漢時代の哲学書『淮南子(えなんじ)』の古語「牛蹄(ぎゅうてい)の涔(しん)、尺(せき)の鯉(こい)無(な)し」(大人物は、狭苦しい所で手腕を振るうことはできないということの例え)という言葉から得たと記されている。
だいむりょうじゅきょうようげ 1冊 法霖(ほうりん)著 写本 縦27.2×横19.4㎝ 請求記号[121.2-155-W-1] 写字台文庫 本書は、浄土真宗の根本聖典とされる「浄土三部経(じょうどさんぶきょう)」の中心となる経典である『仏説無量寿経(ぶっせつむりょうじゅきょう)』の要所を抜粋し、その概要を略述したものである。本書は写本であるが、その末尾から天明3年(1783)正月に正崇寺(しょうそうじ)から上梓された刊本の転写本であることがわかる。
にゅうしゅつにもんげきはんろく 2巻3冊 法霖(ほうりん)著 元文4年(1739) 刊本 縦27.4×横19.1㎝ 請求記号[123.4-9-W-3] 写字台文庫 本書は、天親(てんじん)や曇鸞(どんらん)の教えから他力の構造を明らかにした親鸞の『入出二門偈頌(にゅうしゅつにもんげじゅ)』の文言について、逐語的(ちくごてき)に註釈を施した書である。巻下末尾には「元文四年己未春三月彫刻」、序跋には「元文四年四月十四日書」の年紀がみえることから元文4年の4月以降に流行したと思われる。
じょうどわさんぼうめいき 10巻6冊 法霖(ほうりん)著 写本 縦26.7×横18.5㎝ 請求記号[123.6-290-W-6] 写字台文庫 本書は、享保12年(1727)に著された親鸞『浄土和讃』に対する註釈書である。玄智(げんち)『大谷本願寺通紀(おおたにほんがんじつうき)』によると、「是夏(このなつ)若霖(じゃくりん)に命じて嗣法(しほう)に侍講(じこう)せしむ。若霖其(その)義嗣(ぎし)法霖に命じ和讃望溟記を著(あらわ)さしむ」とあり、法霖は第3代能化(のうけ)・若霖の命によって本書を著したようである。
こうそうわさんぼうめいき 2巻2冊 [法霖(ほうりん)述] 写本 縦25.7×横19.4㎝ 請求記号[123.6-301-W-2] 写字台文庫 本書は、享保12年(1727)に著された親鸞『高僧和讃』に対する註釈書である。玄智(げんち)『大谷本願寺通紀(おおたにほんがんじつうき)』によると、「是夏(このなつ)若霖(じゃくりん)に命じて嗣法(しほう)に侍講(じこう)せしむ。若霖其(その)義嗣(ぎし)法霖に命じ和讃望溟記を著(あらわ)さしむ」とあり、法霖は第3代能化(のうけ)・若霖(じゃくりん)の命によって本書を著したようである。なお、本書は「天親章」までしか解説されていないが、『浄土真宗教典志』に「天親章にて止む」とあることから、講義自体がそこまでしかなされなかったようである。
しんしゅうひようしょう 3巻1冊 法霖(ほうりん)述 写本 縦23.4×横16.6㎝ 請求記号[150.1-63-W-1] 写字台文庫 本書は、真宗の教義を組織的に叙述し、その大要を明らかにした書である。『教行信証(きょうぎょうしんしょう)』の要義を解説したうえで、「浄土三部経(じょうどさんぶきょう)」および七高僧(しちこうそう)について論じ、真宗教義の伝統を体系的に示している。後世には、真宗の教義的要点を示す重要な著作として高く評価され、鷲尾順敬(わしおじゅんきょう)編『国文東方仏教叢書(こくぶんとうほうぶっきょうそうしょ)』(大正15年(1926))にも収録された。
にっけいひゃくもんしょ 3巻3冊 延享元年(1744)毛利田庄太郎等刊 縦27.0×横18.7㎝ 請求記号[130-233-W-3] 写字台文庫 本書は、真宗の安心(あんじん)について、問答形式で記されている書物である。中には、小児往生(しょうにおうじょう) (阿弥陀仏の救いを理解できない幼い子供が亡くなった後、極楽浄土へ往生できるのかという問い)に関する問答も見られ、第2代能化(のうけ)・知空(ちくう)が主張した「代頼(だいだの)みは結縁(けちえん)になる」とする説について否定的な見解が示されていることで知られる。
じょうどせっしょうへん 2巻2冊 法霖(ほうりん)著 享保16年(1731)西村与右衛門刊 縦28.0×横19.0㎝ 請求記号[163-2-W-2 ] 本書は、享保16年(1731)に、法霖39歳の時に華厳宗(けごんしゅう)・鳳潭(ほうたん) (1654−1738)の『念仏往生明導箚(ねんぶつおうじょうみょうどうさつ)』を論駁(ろんばく)した書物である。鳳潭は、即心念仏(そくしんねんぶつ)(心に即して仏を念ずること)の問題について、天台宗(てんだいしゅう)・霊空(れいくう)の所説などを批判した。しかし、鳳潭に対する反論も多く、法霖が本書により批判した他、浄土宗(じょうどしゅう)・義海(ぎかい)による『蓮宗禦寇編(れんしゅうぎょうこうへん)』などが著された。
しょうろうひ 5冊 法霖(ほうりん)著 享保17年(1732)序 刊本 縦27.1×横18.7㎝ 請求記号[163-9-W-5] 本書は、先の28『浄土折衝篇』と同様、鳳潭との論争の中で著されたものである。鳳潭は法霖の『浄土折衝篇』に対して『浄土折衝篇雷斧(らいふ)』を著したが、本書はそれに法霖が反論したものである。螂臂(ろうひ)とは「カマキリの腕」の意で、「雷斧」の題に対する皮肉の意が込められている。その後、鳳潭は『却螂臂(きゃくろうひ)』を撰述し反論するが、短篇で対論に不足であったと玄智『大谷本願寺通紀』に記されている。 なお、本書は漢文体で著されているが、文中に日本語を音写した「波波波」や「呵呵」等の用例が散見されるのも特徴の一つである。
こすきやさんかじょう / どうよんかじょう 1冊 法霖(ほうりん)著 寛政3年(1791)写本 縦24.0×横16.5㎝ 請求記号[022-728-1] 本書は、元文5(1740)年、西本願寺古数寄屋(こすきや)に於いて、法霖が当時の堕落した重役たちに向けて教誡(きょうかい)したことについて、僧侶の法義(ほうぎ)が書き留めたものである。古数寄屋は現在の西本願寺の仏飯所(ぶっぱんしょ)にあったという御殿である。文の端々から教義を第一とした法霖の信仰の態度を窺うことができる。
ごでんよくさんいじ 1冊(与『鎮西聖光上人香月系譜(ちんぜいしょうこうしょうにんかつきけいふ)』合冊) 義山(ぎざん)編 享保14年(1729)知恩教別院刊 縦27.2×横18.4㎝ 請求記号[296.5-126-W-1] 写字台文庫 本書は、享保14年(1729)に刊行された、鎮西派(ちんぜいは)(現浄土宗)学僧・義山(ぎざん)の遺稿である。同書において、義山は親鸞(しんらん)を幸西一念義邪偽(こうさいいちねんぎじゃぎ)(法然門下の幸西による極楽に往生するには信心だけで良いとする考え)の系譜として位置づけている。同著に対し、日渓法霖(にっけいほうりん)は、32『弁翼讃遺事(べんよくさんいじ)』で反論した。
べんよくさんいじ 1冊 法霖(ほうりん)著 安永4年(1775)写本 縦25.6×横18.5㎝ 請求記号[296.5-308-W-1] 写字台文庫 本書は、享保14年(1729)に刊行された、鎮西派(ちんぜいは)(現浄土宗)学僧・義山(ぎざん)(1648~1717)の遺稿31『御伝翼賛遺事(ごでんよくさんいじ)』への反駁書(はんばくしょ)である。同書では『遣北越書(けんほくえつしょ)』等の記述を根拠として、親鸞を幸西一念義邪偽(こうさいいちねんぎじゃぎ)(法然門下の幸西による極楽に往生するには信心だけで良いとする考え)の系譜であると主張しているが、法霖は諸伝記資料を精査した上で、正面からこれを退けている。
とうりゅうほんぞんべん 1冊(与『御伝上下記(ごでんじょうげき)』等合冊) 豐山(ほうざん)記 明治8年(1875)写本 縦23.6×横16.5㎝ 請求記号[024.29-72-W-1 ] 本書は、真宗の本尊である方便法身尊形(ほうべんほっしんそんぎょう)について論じたものである。内題には「当流本尊号方便法身之尊形之弁(とうりゅうほんそんごうほうべんほっしんのそんぎょうのべん)」とあり、『観経(かんぎょう)』第七華座観(だいしちけざかん)に説かれる住立空中尊(じゅうりゅうくうちゅうそん)こそが礼拝の対象とすべき尊形であると示す。のちに智暹(ちせん)(1702-1768)がこの説を批判し、明和(めいわ)の法論(ほうろん)へと発展することとなる。
じょうどしんしゅうほんぞんぎ 1冊 智暹(ちせん)著 明和2(1765)年河南四良兵衛等刊 縦 27.3×横19.0㎝ 請求記号[174-27-W-1] 写字台文庫 本書は、著者智暹(1702~1768)が浄土真宗の本尊(ほんぞん)について、『無量寿経(むりょうじゅきょう)』に説かれる「阿難及四衆所見(あなんおよびししゅしょけん)の威徳巍々如須弥山王(いとくぎぎにゅしゅみせんのう)の仏身(ぶっしん)」(我々が暮らす世界に現れる仏)と位置付け、『観無量寿経(かんむりょうじゅきょう)』に説かれる住立空中(じゅうりゅうくうちゅう) (釈尊(しゃくそん)が阿難(あなん)らに発した言葉により空中に現れた仏)を本尊とする説を批判したものである。そのなかで、批判の対象を「近代(きんだい)当流(とうりゅう)の学者(がくしゃ)」と記し、法霖(ほうりん)の所説を「一益達解(いちやくたつげ)の邪偽(じゃぎ)」と断じたことから、教義論争の1つである明和の法論が引き起こされた。
ほんぞんぎとうしゃく 1冊 智暹(ちせん)述 写本 縦23.1×横17.0㎝ 請求記号[174-17-W-1] 写字台文庫 本書は、智暹が著した『浄土真宗本尊義(じょうどしんしゅうほんぞんぎ)』について、学林の首座であった天倪(てんげい)(?~1789)より寄せられた難詰(なんきつ)に対し、応えた書物である。学林の権威であった法霖(ほうりん)の教えを異端とする智暹に9つの問いで誤りを指摘する天倪に対し、問いに答える形で反論をしている。
ほんぞんぎはじゃけんしょう 1冊 義教(ぎきょう)著 写本 縦27.0×横20.2㎝ 請求記号[174-18-W-1] 写字台文庫 本書は、第5代能化(のうけ)・義教が、智暹(ちせん)『浄土真宗本尊義(じょうどしんしゅうほんぞんぎ)』の批評に対し、西本願寺(にしほんがんじ)鴻之間(こうのま)で講演した筆録である。義教は同著において、智暹が、住立空中尊(じゅうりゅうくうちゅうそん)は此土(しど)に来応(らいおう)した仏身であるため応身(おうしん)(仏が衆生を救うために姿を変えて現れた身体)にあたると主張したこと、また、空中尊には脇士(わきじ)が配されているにもかかわらず、真宗の本尊はそれを模していないと批判したことに対し、学林派の立場から反論した。
ほんぞんぎならびにとうしゃくちゅういっぴゃくはちじゅうなんほつもん 2巻2冊 天倪(てんげい)述 写本 縦23.2×横16.6㎝ 請求記号[174-13-W-2] 写字台文庫 本書は、天倪が、法霖(ほうりん)の教えに異を唱える智暹(ちせん)に送った難詰書(なんきつしょ)に対する応答(『本尊義答釈(ほんぞんぎとうしゃく)』)について、さらに応えた書物である。本書の跋文によれば、天倪が京を離れて帰郷した折、在京の同志が再び智暹からの反論を懸念して、天倪の名を借りて「一百問(いちぴゃくもん)」を設けて智暹に贈ったが、大意は同じながら見解が異なる点があるので、「一百八十難問(いっぴゃくはちじゅうなんもん)」をさらに贈ったとある。
第 3 章 『 鳳潭~法霖の論敵・知己~ 』
華厳宗の学僧である鳳潭(ほうたん)は、華厳宗の復興に尽力したことで知られる。
興福寺や東大寺などで諸宗を学び、新機軸を打ち出し、華厳(けごん)・三論(さんろん)・倶舎(くしゃ)などについて多くの著書を残しているが、他宗の僧侶と論争も重ねた。
法霖(ほうりん)とも互いの著述を通じて論を応酬したが、やがては互いを認め合う仲となった。
この章では、鳳潭の著述について紹介する。
第 3 章 展示資料一覧
じょうどせっしょうへんらいふ 2巻2冊 鳳潭(ほうたん)著 享保16年(1731)華厳寺刊 縦27.0×横18.2㎝ 請求記号[024.72-474-W-2] 本書は、鳳潭による浄土門を批判した書である。本書の経緯は、鳳潭の『念仏往生明導箚(ねんぶつおうじょうみょうどうさつ)』による浄土門批判に対し、浄土真宗本願寺派の法霖は『浄土折衝篇(じょうどせっしょうへん)』を表して反論したが、さらに鳳潭が反駁(はんばく)したことにより成ったものである。
けごんにゅうほっかいぼんじりんとんしょうびるしゃなほっしんかん 1冊 鳳潭(ほうたん)著 享保20年(1735)華厳寺刊 縦28.0×横19.5㎝ 請求記号[241.4-143-W-1] 写字台文庫 本書は、(唐)不空(ふくう)(705~774)が『華厳経(けごんぎょう)』巻第76「入法界品(にゅうほっかいぼん)」の「四十二字門(しじゅうにじもん)」を別出して訳した『大方広仏華厳経入法界品四十二字観門(だいほうこうぶつけごんぎょうにゅうほうかいぼんしじゅうにじかんもん)』に対する注釈である。鳳潭晩年の著述であり、天台や真言批判を展開しつつ華厳を中心とした諸宗の統合を主張している。
けごんいちじょうきょうぶんきほしゅうきょうしんしょう 10巻10冊 鳳潭(ほうたん)著 享保16年 (1731)刊 縦25.7×横18.8㎝ 請求記号[263.1-31-W-10] 写字台文庫 本書は、華厳教学の体系的な概説書である『華厳五教章(けごんごきょうしょう)』に対する注釈書である。寛永4年(1627)に著された鳳潭の代表作の1つである。日本華厳の伝統説を批判しつつ天台・真言との一致を述べるなど革新的な内容であるため、その後多くの反論書が出されるなど論争に発展した。
えんしゅうほうずい 3冊 鳳潭(ほうたん)著 正徳3 年(1713)河南氏武信等刊 縦27.1×横19.4㎝ 請求記号[263.2-74-W-3] 本書は、鳳潭(ほうたん)の『華嚴一乘教分記輔宗匡眞鈔(けごんいちじょうきょうぶんきふしゅうきょうしんしょう)』に対する批判書である真言宗・慧光(えこう)(生卒年未詳)が著した『密軌問弁(みつきもんべん)』2巻に対する鳳潭の反論書である。鳳潭は、慧光の批判に答えるとともに慧光が依拠する空海(くうかい)など真言宗における華厳理解を批判している。
きしんろんちゅうしょひしょうりゃく 1冊 鳳潭(ほうたん)述 享保14年(1729)土河宇平等刊 縦27.9×横19.0㎝ 請求記号[243.6-95-W-1] 写字台文庫 本書は、大乗仏教の中心教義を理論と実践の両面から要約した『大乗起信論(だいじょうきしんろん)』理解をめぐる論争書の1つである。鳳潭の『大乗起信論幻虎録(だいじょうきしんろんげんころく)』に対して浄土宗西山派(せいざんは)・真言宗豊山派(ぶざんは)などから批判がなされた。本書はこのうち豊山派・主真(しゅしん)の『起信論註疏詳略(きしんろんちゅうしょしょうりゃく)』に対する反論書であり、16項目にわたり主真の理解を批判している。空海(くうかい)説への批判もみられ興味深い。
いんみょうにっしょうりろんしょずいげんき 8巻8冊 (唐)基(き)著 (日)鳳潭(ほうたん)記 寳永8年(1711)土川宇平刊 縦27.3×横19.0㎝ 請求記号[271.3-40-W-7] 本書は、唐の法相宗(ほっそうしゅう)開祖である基(632~682)が著した『因明入正理論疏(いんみょうにっしょうりろんしょ)』に対する注釈書である。龍谷大学には10点の刊本が伝わる。このうち本書には鳳潭の弟子・覚州(かくしゅう)(?~1756)の所持本を以て校合したとの識語(第1冊末尾)があり、全冊にわたり墨書・朱書にて詳細な書き込みがなされている点で貴重である。
けごんぎょうたんげんきべっけん 1冊 鳳潭(ほうたん)撰 写本 縦28.2×横20.5㎝ 請求記号[241.4-130-W-1] 本書は、唐の法蔵(ほうぞう)が著した『華厳経探玄記(けごんぎょうたんげんき)』20巻の内、第1巻および第2巻について、部分的に随文解釈(ずいもんげしゃく)を加えたものである。奥書はないが冒頭に自序があり、(唐)智儼(ちごん)『華厳経捜玄記(けごんぎょうそうげんき)』、法蔵『華厳経探玄記(けごんぎょうたんげんき)』の2著を高く評価しているなど鳳潭独自の華厳学が窺える資料である。
展観情報
★対面展観
龍谷大学図書館2026年度特別展観
「日渓法霖と学林」
開催期間 : 2026年10月15日(水)~10月22日(水)
開催時間 : 10:00~17:00 (最終入場 16:30)
開催場所 : 龍谷大学大宮キャンパス 本館1階 展観室
アクセス : 大宮キャンパスへのアクセスページをご覧ください。
ご来場について :
・入場は無料です。
・学内・学外の方いずれも事前予約は不要です。
・駐車場はありません。公共の交通機関をご利用ください。
・最新情報は図書館HPやX(旧Twitter)にてご確認ください。
★ジャパンサーチギャラリー
龍谷大学図書館2026年度特別展観 (オンライン版)
「日渓法霖と学林」
開催期間 : 2026年10月15日(水)より公開中!
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