早慶戦と神宮球場の歴史について
館長からの1言 早慶戦と神宮球場の歴史について説明します。
館長からの挨拶
こんにちは。展示を観に来てくれてありがとうございます。僕は早慶戦と神宮球場について調べました。早慶戦にも歴史はありますが、早慶戦を見るために行っている神宮球場にも深い歴史がありました。ぜひこの展示を観て、早慶戦をもっと楽しんでもれえたら嬉しいです。
この展示について
早慶戦と神宮球場の歴史についてみていきましょう。まず神宮球場は、大正14年の東京六大学野球連盟結成や早慶戦の復活の動きがあり外苑前に野球場を建ててほしいという要望から作られました。そして神宮球場での初の早慶戦は1929年の11月1日に行われました。そこから神宮球場はベーブルースが来たり、ヤクルトスワローズの本拠点になったりと有名になりました。この神宮球場が有名になっているのは、東京六大学野球や早慶戦のおかげと言っても過言ではありません。
- 早慶戦応援スタンドにKEIOの人文字
昭和22年(1947)6月10・17日、後楽園球場で行なわれた早慶戦応援スタンドに、人文字でKEIOを現わした。写真は五島岩四郎提供。
神宮球場のスタンドに慶應の応援でKEIOと人文字を作っている写真です。
- 早慶戦
撮影者不明 モノクロ プリント58×47mm
1953(昭和28)年10月 東京都新宿区 WA氏アルバム『海軍・横須賀』」より 「28.10/早慶戦 早大内野席で」(アルバムメモより) 神宮球場スタンドで観戦するWA氏
早慶戦を観戦している人たちです。とても人が多く、早慶戦がとても人気だったということがわかります。
- 早慶野球戦・神宮球場の応援スタンド
昭和31年(1956)秋早慶戦の神宮球場慶應側応援スタンド。写真は慶應義塾大学新聞提供。
慶應を応援している人たちです。この写真からでも、すごい熱量や圧力を感じ取る事ができます。
- 第一回早慶野球戦出場選手
早慶両校の最初の野球戦を、明治36年(1903)11月21日、綱町運動場で行なった。11−9で慶應の勝。輝かしい伝統の早慶戦の第一歩である。
今の慶應のユニフォームとは違い、歴史の違いを感じ取ることができます。
展示を観た人へ
今回は展示を観てくれてありがとうございました。この展示を観て、早慶戦の凄さや神宮球場の凄さをわかってもらえたら嬉しいです。また早慶戦に行く時は、神宮球場に挨拶をしてくれたら嬉しいです。



