東海道五拾三次
館長から一言 こんにちは。今回は、東海道五拾三次を展示していきます。
館長挨拶
日本の時代の一つである江戸時代に描かれた東海道五拾三次はどのようなものが描かれているのかを解説するという趣旨です。中には興味深い展示もあるかもしれません。
- 東海道五拾三次之内 藤枝 人馬継立
歌川広重,Utagawa Hiroshige
現在の静岡県藤枝市にあたる。「人馬継立」とは運ばれる荷物の人足と馬が交代することをいい、本図はその様子が描かれている。右上の問屋場の役人が見守るなか、荷物の引き継ぎ作業が行われ、汗をふき、休みをとる者や荷物を積み直す者など、思い思いの姿が見られる。当時の風情を知れる興味深い図案である。人足が担ぐ荷物に立てられた名札には、版元の「保永堂」、馬のお腹には版元の主人、竹内孫八にちなむ「竹内」の文字が見える。
館長から一言
江戸時代の輸送には車などではなく、主に人や馬が使われていることが分かります。また、この人々は相当の荷物を長旅で運んでいたのか、汗を拭いている様子も見られます。
- 東海道五拾三次之内 二川 猿ヶ馬場
歌川広重,Utagawa Hiroshige
現在の愛知県豊橋市にあたる。猿ヶ馬場周辺は姫小松の景勝の地として知られ、奥まで見渡せるなだらかな平原にはこの姫小松が無数に繁茂しているのが見える。茶店の看板には「名物かしは餅」とあるように、この辺の名物はかしわ餅であった。道を行く3人の女性は、瞽女と呼ばれた盲目の女性たちで、彼女らは諸国を廻りながら三味線や琵琶を弾いて「瞽女唄」を披露して生計を立てていた。よく見ると3人とも各々楽器を持ち運んでいる。
館長から一言
名物の柏餅屋があるこの辺り平原には松が生えており、女性たちが三味線や琵琶を鳴らしながら歩いているため、これらで生計を立てていることが分かります。
- 東海道五拾三次之内 藤川 棒鼻ノ図
歌川広重,Utagawa Hiroshige
現在の愛知県岡崎市にあたる。街道と宿場の境界には棒示杭が立てられており、棒鼻とは宿場の出入口のこと。本図では「八朔御馬進献」の行列を宿場の役人が入口まで出迎える様子が描かれる。八朔とは8月1日。幕府はこの日、朝廷に御馬を献上することを重要な儀式としていた。行列の中の御幣を立てた馬が献上される御馬である。広重はこの「八朔御馬進献」に同行し、それが《東海道五拾三次》シリーズにつながったともいわれている。
館長から一言
宿屋にいる役人が行列を出迎えるという宿屋の別の仕事がわかります。
- 東海道五拾三次之内 丸子 名物茶店
歌川広重,Utagawa Hiroshige
現在の静岡県静岡市駿河区にあたる。松尾芭蕉の句に「梅 若菜 丸子の宿のとろろ汁」と詠われた丸子宿の情景。茶店には「名ぶつとろろ汁」との看板が立てかけられ、床几に腰を掛けた旅人が大きな口を開けて、名物のとろろ汁を美味そうに頬張っている。「お茶漬け」「酒さかな」の看板も掲げられ、店内には巻き藁に刺さった魚や干し柿も見える。背景のこんもりとした山は横田山である。本図の後摺りでは「丸子」が「鞠子」と改変される。
館長から一言
このとろろ汁の店は名物であり、旅人の助けになっていることがわかります。
- 東海道五拾三次之内 阪之下 筆捨嶺
歌川広重,Utagawa Hiroshige
現在の三重県亀山市にあたる。画面左に見えるのは岩根山で奇岩や松、滝などで知られていた。山肌には流れ出す2条の滝が見える。室町時代、狩野元信がこの山を描こうとしたが描き切れず、山間に筆を捨てたという謂れから筆捨山と呼ばれている。山と街道の間の窪みには鈴鹿川が流れているとみられる。街道沿いは茶店があり、山の見物に勤しむ客で賑わっている。遠景のなだらかな山のシルエットが筆捨山の奇抜さをより際立たせている。
館長から一言
この場所には山や岩、滝などがあり、街道沿いにある茶屋で人々がこの美しい景色を見物しているということがわかります。
展示を見てくれた人へ
東海道五拾三次で描かれた、とろろの名物の店などの場所や江戸時代の風習、雰囲気がわかりましたか?
関連イベント
2026年3月31日にリニューアルオープンする江戸東京博物館でこれらの展示品を見ることができます。




