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扶桑型第一番艦扶桑 

扶桑の生涯

1915年 日本初の超弩級戦艦として竣工。

1930年 呉海軍工廠で近代化改装に入る。

1933年 第一次近代化改装の終了。

    改装内容 艦橋部の新設や改装 装甲防御の増設と改善 7.6センチ砲等対空砲の搭載 主砲仰角の引き上  げ   機関部は艦本式タービンや重油専焼缶への換装が行われ最大速力及び航続可能距離が向上

1934年 艦尾の延長 水平防御の強化

1941〜 真珠湾、ミッドウェイ両戦とも出撃の機会を逃す

1943年 陸奥の爆沈に遭遇。生存者救助活動に参加する。

1944年 機動部隊乙編隊に臨時編入

    レイテ沖海戦において、スリガオ海峡でアメリカ軍に包囲され、集中砲火を受け轟沈。


扶桑の独特な外観

  • 写真:戦艦 扶桑

    横田国男氏の提供、戦艦及巡洋艦の写真45枚中の1枚。戦艦扶桑・・・大正3年(1914)3月進水、昭和19年(1944)10月25日スリガオ海峡にて沈没。同型艦 山城、排出量32,330トン。写真の現物あるいはパネルを写したもの。モノクロ写真。注意。写真は、昭和5(1930)年から昭和8(1933)年にかけ行われた改装以降のものと思われる。

    扶桑の全体。

1915年 日本初の超弩級戦艦として竣工。

1930年 呉海軍工廠で近代化改装に入る。

1933年 第一次近代化改装の終了。

    改装内容 艦橋部の新設や改装 装甲防御の増設と改善 7.6センチ砲等対空砲の搭載 主砲仰角の引き上  げ   機関部は艦本式タービンや重油専焼缶への換装が行われ最大速力及び航続可能距離が向上

1934年 艦尾の延長 水平防御の強化

1941〜 真珠湾、ミッドウェイ両戦とも出撃の機会を逃す

1943年 陸奥の爆沈に遭遇。生存者救助活動に参加する。

1944年 機動部隊乙編隊に臨時編入

    レイテ沖海戦において、スリガオ海峡でアメリカ軍に包囲され、集中砲火を受け轟沈。


扶桑の独特な外観

  • 写真:戦艦 扶桑

    横田国男氏の提供、戦艦及巡洋艦の写真45枚中の1枚。戦艦扶桑・・・大正3年(1914)3月進水、昭和19年(1944)10月25日スリガオ海峡にて沈没。同型艦 山城、排出量32,330トン。写真の現物あるいはパネルを写したもの。モノクロ写真。注意。写真は、昭和5(1930)年から昭和8(1933)年にかけ行われた改装以降のものと思われる。

    扶桑の全体。