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美しい鎧

鎧から読み取れること

館長の挨拶:こんにちは。この資料の館長です。ここでは、鎧について説明しています。鎧というものは、戦をしていた時代に使われていたもので今日を生きる人たちとは少し距離があるかも知れません。でも、当時の人たちはそんな鎧を大切にして身につけて戦に挑んでいました。つまり、現代人にとって不要でも戦国時代には必須だったわけです。では、鎧との距離を少し縮めて見ましょう。

この展示について:僕は、資料を作って博物館をつくると聞き身近ではないものについて調べようと思いました。なぜなら、知っていることより知らないことの方が作る側も見る側も楽しいと思うからです。そんな中で、僕は鎧を選んだ。それは、戦国時代が好きな人は多いと思う上、詳しく知っている同世代の人はあまり見ないからです。

  • 黄唐茶糸威胴丸 兜・大袖・小具足付

    胴丸は長側(胴下半部の四段)の小札板を胴に廻らして右脇で引き合わせ、草摺は原則八間に細分する。胴だけの歩兵の甲(よろい)として出発したが、室町時代には兜・大袖を具して武将間にも普及した。本品はそうした三つ物が揃った胴丸を模し、小具足を加えたものである。ただし、本来の杏葉(ぎょうよう)に代えて大鎧の栴檀(せんだん)・鳩尾板(きゅうびのいた)を下げ、全て革小札を用いるように、中世の胴丸とは異なるところもある。中世にはみられない黄色がかった茶糸の威毛はいくつかの呼称があるが、威毛として『曹渓院行状記』などに記す黄唐茶糸威とした。金物は透彫鍍金の梅樹文、絵韋は藻獅子文韋で統一する。兜は雄大な鍬形を立てた鉄錆地二十間二方白の星兜、鉢裏に『孟子』の一節、(勇士)「不忘喪其元」を朱書し、吹返に家紋と思われる「庵に木瓜」紋の金銅金物を据えている。小具足は目の下頬当と喉輪を併用し、三枚筒籠手、伊予佩盾、三枚筒臑当を具す。

    茶色と黄色の混ざったような色で統一されています。また、他のものとは少し大きいサイズです。大きく、ある程度目立つ色で相手を威嚇していたのかもしれません。

  • 揺ぎ札白綾威鎧 兜・大袖・小具足付

    漆塗りの仕上げと威しの手法が優れており、揺ぎ札の流行した江戸時代後期の希少な逸品である。兜をはじめ、鎧の各部に牡丹模様の金物が、また胴の前面には尾長島の藍染抜きの模様が施されている。全体に落ち着いた調子に統一され、極めて美しい鎧の一つである。

    主に白色が使われている鎧です。また、これには漆喰塗りという手法が使われており、模様が様々に施されています。このような、美しいとされている鎧なので高い身分の人のものだと考えられます。

  • 樫鳥糸肩赤威胴丸

    秋田一季氏寄贈,Gift of Mr. Akita Kazusue,東京国立博物館,Tokyo National Museum

    <p> 胴体をぐるりと囲い、右脇で端を引き合わせた形式の鎧(よろい)を胴丸(どうまる)といいます。下半身をまもる草摺(くさずり)という裾(すそ)は8枚に分かれ、足を動かしやすい作りとなっています。この作品はさらに兜(かぶと)や両袖も備えており、胴丸の代表的な名品として知られています。<br /> 兜の鉢(はち)は銅に鍍金(めっき)を施した筋で覆われ、正面は左右にそそり立つ鍬形(くわがた)と日輪(にちりん)によって飾られています。鍬形の根元をはじめ、胴や袖の金物には華麗な彫刻が施され、この胴丸に一層の華やぎを与えています。<br /> 金具をよくご覧下さい。地の部分に打たれた丸いつぶつぶは、魚の卵のように見えることから、魚の子と書いて魚子(ななこ)と呼ばれます。その上を奔放に唐草がつたい、桐の花と葉をモチーフとした紋が配されています。また要所に打たれた鋲(びょう)も頭が桐紋に象られています。兜や両肩に見られる丸い金具は桐と唐草の模様が透かし彫りされています。<br /> 鎧の本体は黒漆(くろうるし)を塗った小さな鉄板を紐で綴じ付けてつくられており、その紐は紺色と紅色の糸を合わせた組紐を使っています。室町時代の甲冑のなかでも、特に技巧を尽くした精緻な仕立てをご覧下さい。</p><br /><p>胴に兜@かぶと@と大袖@おおそで@を備えた三ツ物皆具@みつものかいぐ@の胴丸です。威毛@おどしげ@には紺糸に紅糸を組交ぜた組紐を用い、要所に桐@きり@文と唐草@からくさ@文の飾金具を配し、兜は総覆輪@そうふくりん@筋兜で正面に鍬形@くわがた@を飾ります。陸奥三春@むつみはる@藩主秋田家の伝来品で、上級武士の権威を象徴した重厚かつ豪華な造形が見どころです。<br /></p>

    とても印象的なのは、兜の大きさです。飾りがとても大きく、強調されています。この兜をしていると目立つので、身分の高い武士だと考えられます。

  • 逆沢瀉威鎧雛形(模造)

    堀越紫郷模,Copied by Horikoshi Shikyō (dates unknown),東京国立博物館,Tokyo National Museum

    <p> 聖徳太子のおもちゃだったと伝えられるミニチュアの鎧兜(原品は宮内庁三の丸尚蔵館蔵)。<br />天保13年(1842)の『御宝物図絵』に、「御鎧皇太子御幼稚ノ時御手遊」とあり、聖徳太子が幼少の頃の玩具として伝えられてきたことが知られる。 <br />ルビ:ごほうもつずえ<br /></p>

    聖徳太子のおもちゃと伝えられているものです。この頃から、鎧はあったのですね。他のものとは少し小さいようです。当時の人は、小柄だったのですね。

  • 赤糸威鎧(模造)

    小野田光彦模,By Onoda Mitsuhiko,東京国立博物館,Tokyo National Museum

    <p>武蔵御嶽@むさしみたけ@神社(東京都青梅市)に伝来する「赤糸威鎧」(国宝)を、製作当初の姿に想定復元したものです。原品は源平合戦で活躍した武蔵武士・畠山重忠@はたけやましげただ@が奉納したと伝えられます。大鎧は、兜@かぶと@と大袖@おおそで@を備え、騎馬@きば@による弓矢の射撃戦(騎射戦)に適応した大型で重厚な甲冑です。<br /></p>

    これは、平安時代のものです。今までのものとは、使われている色が違うのがわかります。当時の流行っていた色なのでしょう。

展示関連イベント:特別展「百万石!加賀前田家」東京国立博物館平成館にて開催予定。期間は、2026年4月14日(火)〜です。前田利家が、着用したと言われる黄金の甲冑や重要文化財のものまで展示されているのそうです。

この展示を見終わった方へ:この僕の資料は、いかがでしたか。今まで知らなかった情報に出会えたのであれば幸いです。今回僕がテーマにした鎧というものは、とても奥が深いものだと思います。でも、それは鎧だけでなくその他の事柄についていうことができると思います。ぜひ、自分があまり詳しくない情報を調べてみてください。