解説
三条西実隆〈さんじょうにしさねたか・1455-1537〉は、室町時代の公卿・歌人。4歳で家督を継ぎ、正二位・内大臣に至る。永正13年〈1516〉出家して逍遥院堯空(しょうよういんぎょうくう)と号した。和歌・連歌に優れ、飯尾宗祇〈いいおそうぎ・1421-1502〉・東常縁〈とうつねより・1401-?〉より古今伝授を受けた。また、古典の書写や『源氏物語』の研究に努めた。そして一条兼良〈いちじょうかねよし・1402-81〉のあとを受けて、中世和学の興隆を推進した。その一方で五山派禅僧らとも交わり、和漢の学や有職故実にも通じた、当時の最高の文化人であった。日記『実隆公記』をはじめ、家集『雪玉集』『再昌草(さいしょうそう)』などを著す。また、能書としても知られる。着実で流麗な書風は、三条流(逍遥院流とも)と呼ばれ、多くの追随者を出した。この三首は、実隆の家集『再昌草』に収められる。その詞書によると、文亀3年〈1503〉2月5日、中納言正親町三条実望〈おおぎまちさんじょうさねもち・1463-1530〉亭で催された、月次(月例)歌会におけるもの。実隆49歳の筆跡である。「三首の倭哥を詠める/権大納言実隆/春月つもりては猶いかばかり老の世に霞の外の月も霞まむ/春水み山より去年の嵐も流れ出でて雪解の水をせく朽葉かな/春恋人はいさ花に胡蝶の一さかりうき身にあかぬ夢や残さん」
収録されているデータベース
Keio Object Hub
慶應義塾には、160年を越える歴史の中で集積された多様な領域にわたる文化財コレクションがあります。これらのコレクションは、図書館、研究所にとどまらず、学部や一貫教育校など学内のさまざまな場所で収蔵・活用され、専門性を反映した豊かなコレクション・データベースが編まれてきました。 Keio Object Hubは、これらのデータベースを連携させ、展覧会や講演会など、学内で展開する文化関連活動と結びつけ...
最終更新日
2022/07/03