Sedimentary layers and the Marine mammal fossils in Paleo-Chichibu-Bay
This page introduces outcrops and fossils of the "Sedimentary layers and the Marine mammal fossils in Paleo-Chichibu-Bay, a National Natural Monument.
今から約1700万年~1500万年前、埼玉県の秩父地域には「古秩父湾」と呼ばれる海が広がっていました。現在の秩父盆地では、古秩父湾に生息した生物の化石が数多く見つかっており、当時の地層を観察できる貴重な場所も残されています。平成28(2016)年3月1日、古秩父湾の誕生から消滅までを記録した6つの露頭と海棲哺乳類の化石9件が、「古秩父湾堆積層及び海棲哺乳類化石群」として国の天然記念物に指定されました。
日本列島の誕生 と 古秩父湾
古秩父湾の環境の移り変わり
Sedimentary layers in Paleo-Chichibu-Bay
The marine mammal fossils in Paleo-Chichibu-BayBay
1977年に横浜国立大学の学生(当時)によって発見・発掘され、坂本(1983)によって報告された標本で、椎骨や肋骨が見つかっている。秩父盆地のパレオパラドキシア化石の中で最も新しい時代から見つかっている。古秩父湾の消滅は約1500万年前ごろと考えられており、最後までパレオパラドキシアが生きていた証拠となる標本。パレオパラドキシア化石の中で最も新しいものは、群馬県の約1200万年前の標本であるため、古秩父湾消滅後もパレオパラドキシアは関東周辺の海で生きながらえていたと考えられる。
1951年11月に、当時の秩父第二中学校の生徒と教員によって秩父市寺尾の荒川河床より発見・発掘された標本。その後、埼玉県立自然の博物館の前身である秩父自然科学博物館に持ち込まれた。同館によって行われた追加調査によって得られたものを合わせて、秩父から初めて報告された海棲哺乳類化石。発見された標本は、頭骨の一部と臼歯のほか、一部胴体の骨も含まれている。
1986年、前原の不整合に近接した皆野町大淵より発見され、坂本(1988)によって左第2?中足骨(前原標本)とされた標本。小笠原(2000)は、化石相などの比較によって、前原標本の産出層の年代を約1900万年前とし、前原標本を日本最古の化石記録としたことから、日本最古のパレオパラドキシア化石とされていた。現在は、北海道の約2300万年前の標本が最古と考えられているが、本州から発見されているパレオパラドキシア化石の中では最も古いもののひとつ。
1972年に地元の高校生らによって秩父市大野原築瀬で発見され、1975年と1977年の2回に分けて秩父自然科学博物館によって発掘された。頭骨を含む世界で2体目に発見されたパレオパラドキシアの全身骨格で、特に頭骨から腰骨までの骨がよく保存されている。先に発見された泉標本(岐阜県土岐市産出の全身骨格)にはなかった部位が含まれていたため、泉標本と大野原標本を組み合わせて、パレオパラドキシアの完全な全身骨格の復元が可能となった。
1981年に小鹿野町般若の秩父セメント砕石場(現在の般若の丘)より発見され、埼玉県立自然史博物館準備室(当時)によって発掘された標本。県内で2例目となるパレオパラドキシアの全身骨格であり、首の骨から腰骨までほぼ完全にそろっている。肋骨には骨折の跡やフジツボの付着が見られ、背骨にはイタチザメの歯がついている。坂本ほか(1983)によって産出部位ならびに産状の報告がされたほか、北川ほか(2013)によって、どのように海底に埋没したのか、化石の産状から考察されている。
1978年、埼玉大学の学生によって小鹿野町産山小金沢の河床より発見された、前原標本に次いで古い時代の標本。角田・小鹿野団体研究会(1978)によって報告され、その後Saegusa(2002)によってPaleoparadoxia sp.として記載された後、Inuzuka(2005)によってP. mediaに分類された。臼歯のほか左右肩甲骨、左上腕骨、左大腿骨、椎骨、肋骨を含む。大野原、般若標本には及ばないが、全身に由来する化石が発見されており秩父第3の標本といえる。


