約100年前の新潟 –旭町学術資料展示館完成の頃–
新潟大学キャンパスまるごとミュージアム NEXUS(2026.10.13-2027.2.19)に参加する旭町学術資料展示館にちなんで、展示館の建物が完成した約100年前の新潟の様子を、絵葉書で辿ります。
新潟大学旭町学術資料展示館は、新潟大学の研究・教育を通して収集・蓄積された標本類、実験器具、考古資料等の貴重な学術資料を広く公開する大学博物館です。展示館の建物である旧新潟師範学校記念館は、おおよそ100年前となる1929(昭和4)年6月に旭町に誕生しました。旧新潟師範学校記念館が完成した当時の新潟では、港湾設備や橋の建設が相次ぎ、近代都市としての整備が大きく進みつつありました。このオンラインギャラリーでは、新潟大学地域映像アーカイブ所収の絵葉書資料を中心に、近代都市へと変わりゆく約100年前の新潟をご紹介します。
旭町学術資料展示館(旧新潟師範学校記念館)
約100年前の学び舎風景
新潟大学の前身となった官立新潟師範学校、新潟医科大学、新潟高等学校を中心に、約100年前の新潟中心部に存在していた学び舎の姿をご紹介します。
昭和初頭までに建てられた学校建築の多くは木造の西洋建築でした。こうしたなかで、鉄筋コンクリート造の旭町学術資料展示館(旧新潟師範学校記念館)は、学校建築の新たな形を示す建物でもありました。
新潟大学の前身①新潟県新潟師範学校
ここに紹介したのは、1874年(明治7年)に設立された官立新潟師範学校をルーツとする新潟県新潟師範学校(1929年当時)関連絵葉書です。絵葉書のモチーフとして多く採用された六角堂を持つ校舎は、1893(明治26)年建築の校舎が新潟大火で全焼した後、1910(明治43)年に建築されました。木造2階建てのこの校舎は、1964(昭和39)~1967(同42)年にかけて解体されるまで、約60年の星霜に耐えました。新潟県新潟師範学校はその後、県内の複数の師範学校と統合され、現在の新潟大学教育学部の母体のひとつとなりました。
新潟大学の前身②新潟医科大学
絵葉書の題材としても人気があった官立新潟医科大学と附属病院は、官立医学専門学校時代の1910(明治43)年に建てられたものです。旭町学術資料展示館裏手には、絵葉書にも登場する1914(大正3)年建設の煉瓦造りの表門が移設されて残されているほか、1911(明治44)年建設の塀が残り、両者ともに登録有形文化財に指定されています。新潟医科大学は、その後新潟大学医学部の母体となりました。
新潟大学の前身③旧制新潟高等学校
1919(大正8)年に開校した旧制新潟高等学校は、当初は新潟師範学校の校舎の一部を借りていました。絵葉書のモチーフとなった校舎は、西大畑移転後の1922(大正11)年に完成したものです。旧制新潟高等学校はその後、新潟大学人文学部および理学部の母体となりました。
昭和初頭の新潟市内の学び舎
【主な参考文献】
新潟市(1996)『新潟市史 通史編3 近代(上)』新潟市
新潟市(1997)『新潟市史 通史編4 近代(下)』新潟市
新潟市歴史博物館(2004)『第1回企画展2004 にいがた街の記憶』新潟市歴史博物館
新潟市歴史博物館(2007)『平成19年度政令市移行記念展図録 古写真の中の新にいがた −明治・大正・昭和期の風景−』新潟市歴史博物館
【主な参考ウェブサイト】
赤沢保育園「赤沢保育園」(https://www.akzw-hoiku.jp/)
新潟大学「新潟大学旭町学術資料展示館」(https://www.lib.niigata-u.ac.jp/tenjikan/)
新潟大学教育学学部「新潟大学創立60周年 教育学部創立135周年 記念写真集」(https://www.ed.niigata-u.ac.jp/edu135y/)
