歌道秘伝書
室町時代中期の公卿・歌人の飛鳥井雅親(あすかいまさちか、1417~90)・雅康(まさやす、1436~1509)等からの歌道*聞書。筆録者は、細川家被官の上原豊前守賢家(うえはらかたいえ、?〜1495)と目され、彼の没年以前に成立したと考えられる。内容は多岐に渡るが、①歌会の作法や懐紙・短冊の書き方等の歌学的知識、②題の本意・詠み方・具体例等、③和歌・歌語についての注釈、の三つに大別される。また、*二条派の堯孝(ぎょうこう、1391~1455)の著作『桂明抄』を引用したり、*他家である冷泉為尹(れいぜいためまさ、1361~1417)の詠作『為尹千首』を題詠の例として利用したり、*『顕注密勘』を利用して講釈を行い、それに追補を行ったりした形跡が認められる点が注目される。飛鳥井家の歌学や詠歌作法の具体を窺い知ることができ、室町期歌道講釈における講釈者や聞書筆録者の営為を探る重要な資料でもある。
広島大学図書館蔵本(国文N1958)奥書等が存しないため、書写・伝来状況は不明である。写本1冊。
*聞書(ききがき)とは…主として中世以降の書物の形式の一つ。著者が直接または間接に聞いたことを記しとどめるのが原則である。
*二条派とは…歌道家・御子左家(みこひだりけ)は、藤原定家(ふじわらのさだいえ、1162~1241)の子・為家(ためいえ、1198~1275)の子孫の代で、二条・京極・冷泉の三家に分かれた。二条家は、為家の長男・為氏(ためうじ、1222~86)を祖とする嫡流であり、保守的な古典主義に基づく穏和な歌風を志向した。15世紀初頭に二条家は消滅するが、流派としては存続した。飛鳥井家は、婚姻によって二条家と友好な関係を保ちつつ、独自の歌道家として立場を守った。
*他家=冷泉家(れいぜいけ)とは…御子左家の分家。為家と阿仏尼(あぶつに、?~1283)との間に生まれた為相(ためすけ、1263〜1328)を祖とする。為相に所領や典籍類が譲られたことにより、伝来の歌書・文書に歌学の拠りどころを持つ冷泉家のあり方が定まった。
*『顕注密勘』(けんちゅうみっかん)とは…平安末・鎌倉初期の歌人の顕昭(けんしょう)による『古今和歌集』注釈に藤原定家が家説を書き加えたもの。承久3年(1221)成立。
【参考】
山崎真克校『歌道秘伝書(広島大学蔵)』「翻刻平安文学資料稿」第3期第8巻(1999年、広島平安文学研究会)
『和歌文学大辞典』(2014年、古典ライブラリー):田野慎二「歌道秘伝書」、乾安代「聞書」、村尾誠一「二条派」「二条家」、久保田啓一「冷泉家」、吉野朋美「顕註密勘」