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Initial note

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館長挨拶。

日本地図は目的、目線、時代などと、様々な要因から、変化をした事を地図の特徴と照らし合わせることで、地図の見方が変わったら嬉しいです。

江戸時代前

The First Map of Japan in the Atlas

オルテリウス(1527-98)はオランダの地理学者、数学者。1570年に53枚からなる初の世界地図帳を発行したことで知られる。日本が印刷された初の世界地図。日本が初めて印刷されている地図。形は今の正確な地図とは違うが、山と川、細かい島まで書かれている。さらに、地名まで書かれている。

染付日本地図大皿「本朝天保年製」銘

形が歪んでいて、海岸線も正確ではない。皿の曲線にあわせてて書かれている。

江戸時代前の資料では、大体の日本全体の形と、国の位置関係がわかるようになっている。

江戸時代後

  • 官板実測日本地図(畿内・東海・東山・北陸)

    大学南校刊行,九州国立博物館

    <p>「官板実測日本地図」は、伊能忠敬の「大日本沿海輿地全図」の小図3鋪をもとに、江戸幕府の洋学教育機関である開成所が慶応元年(1865)から慶応3年の間に刊行した日本図であり、「大日本沿海輿地全図」の唯一の刊行図である。「官板実測日本地図」は木版で3色に多色摺したもので、「北蝦夷」(樺太)・「蝦夷諸島」(北海道)・「畿内・東海・東山・北陸」(本州東半部)・「山陰、山陽、南海、西海」(本州西半部・四国・九州・琉球諸島)の4枚組からなる。<br />樺太、北海道内陸部の詳細、小笠原諸島、琉球諸島については、「大日本沿海輿地全図」に収載されていない。「官板実測日本地図」は「大日本沿海輿地全図」をそのまま板刻したわけではなく、江戸幕府が統治領域の範囲を示そうとした意図が見て取れる。実際、江戸幕府はこうした意図をもって、1867年のパリ万博開催にあわせて「官板実測日本地図」を刊行したことが知られる。<br />本図は、慶応3年に刊行した時と同じ版木を用いて、明治3年(1870)に大学南校が刊行した再版図である。地図行政は民部省地理司が掌ることになったが、近代的測量法に基づく「輯製二十万分一図」の製作開始は明治17年まで待たなければならなかった。維新後、明治政府は対内的・対外的に国土基本図たる地図が必要であるものの、「伊能図」の水準を超える地図製作は困難な状況であり、再版したと推測される。<br />「官板実測日本地図」は「大日本沿海輿地全図」の唯一の刊行図としてだけでなく、幕末維新期の幕府・明治政府の国土観、明治初期の地図行政のあり方を示す地図として重要である。</p>

    海岸線がメインではなく、海外向けの地図として、作られた地図。

  • Dainihonchizu

    川上 寛(冬崖) [作] / Kawakami Hiroshi(Tougai),川上 寛(冬崖) [作]

    県境と北海道も入っている地図。対馬など島も正確に再現している。今の地図とほとんど変わらない。

  • Ino Maps

    The first scientific maps of Japan based on actual measurements, created from surveys by Tadataka Ino and completed by Kageyasu Takahashi

    海岸線を正確に測り、作った。

江戸時代後の資料から、海外向けの海岸線を正確にした地図になっている。また、測量技術が発達していることが、分かる。

最後まで見ていただきありがとうございます!

興味が湧いたらぜひ、調べてみてください!