Initial note
この博物館では奈良時代(平城京)にあったボードゲームなどのおもちゃを紹介しています。
奈良時代のおもちゃ
- 平城京の暮らし -娯楽と遊戯-
奈良文化財研究所
奈良文化財研究所 第12回東京講演会『奈良の都の暮らしぶり-平城京の生活誌-』の講演動画です。最新の発掘成果から奈良時代の人びとのリアルな暮らしぶりに迫ります。 演題 「平城京の暮らし -娯楽と遊戯-」 講演者 小田 裕樹(都城発掘調査部主任研究員)
この資料ではかりうちは現在韓国に残っているボードゲームと言われている。確かに12世紀ごろの日本のかりうちと現在韓国のかりうちを比べるとすごく似ているので同じものと考えられるのは納得だ。ルールは日本で言うと双六のようだった。
- Board for the Sugoroku Game (Copy)
木内省古作,By Kiuchi Shōko (1882–1962),東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p>木画は、黄楊・黒檀などの木材や象牙・鹿角などを切り抜き、組み合わせ、象嵌して文様を表わす技法。原品の床脚刳面には黄楊が貼られているが、もとは象牙を貼っていたとみられ、模造はこれを復原している。宝物中の木画の中でも、最も精緻な表現が見られる。<br /></p>
これは双六の台の模造品だ。上の資料も双六のようなものだったので奈良時代では双六が流行っていそうだ。
- Cubic Marbles (Ishinatori-dama)
東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p>These items are purportedly toys that belonged to Prince Shōtoku when he was around five or six years old. There are sixteen of these cubic crystals, which are stored in a case made during the Edo period. They appear in a Heian-period work of historical literature called the Eiga monogatari and may have been used in a board game. It is also possible that they are the precursor to a game known as otedama. According to the latter theory, the name can also be read as ishinago. In that game, stones would be placed on the floor, and then one thrown into the air. The player would then attempt to grab a stone on the floor before the airborne stone fell, and then they would catch that stone before it hit the ground. The number of stones would be increased by ones and twos, and the person who could pick up the most stones would win.<br />That being said, it is unclear whether these objects were actually used as toys.</p><br /><p>These are known as Prince Shōtoku’s treasured possessions together with another set of round marbles (N-116). These cubic marbles, currently housed in a carved lacquer container, may have been used for playing a board game.</p>
これはお手玉遊びの原型やボードゲームの一種と言われている石名取玉です。また聖徳太子もこれで遊んだと伝えられている。あなたはお手玉か、ボードゲーム、またはその他か、なんだと思いますか。
- 囲碁打ち図
不明
囲碁は奈良時代に、すでに中国から伝来していたもので、正倉院御物にも碁器があり朝廷の人々が碁を打っている。平安時代になるとかなり流行し、「源氏物語」には、対局が描写されている。その後、中世には武士の間に広がり、近世になるとますます盛んになってきた。織田信長は、京都寂光寺の塔頭本因坊の住僧日海に師事し、日海を呼ぶに名人と称した。図中に「玄宗前吉備公妙手玄東圍於棋」とあることから、玄宗皇帝と楊貴妃が見物するなかで、囲碁の名手による対局戦が行われている様子を図にしたものと思われる。吉備とは、716年から留学生として20年ほど在唐していた吉備真備か。
これは明治時代の絵だが囲碁の歴史がわかる。一文目に奈良時代には中国から伝来していたとわかる。
展示を見終わった方へのメッセージ
今回は奈良時代の娯楽について紹介しました。奈良時代にはかりうち、双六、囲碁などの娯楽があるとわかりした。この中には双六や囲碁のように現代誰もが知っているものと、かりうちのようにそんなに知っている人が多くないものが有りました。この多くの人が知らない遊びをすることで新しい遊びが増え、もっと歴史に興味を持つ人が増えてほしい。
展示関連イベント
奈良時代に流行した遊び「かりうち」を体験するイベントが10月14日(火)、影向寺で開かれていた。



