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さらば、13代目足利義輝 永禄の変

館長からの一言 室町から戦国に変わる大きな契機となった事件です。ぜひご覧ください。

館長の挨拶

 みなさま、こんにちは。本日は当館の展示をご覧いただき、ありがとうございます。本展示では、室町幕府13代将軍、足利義輝が討たれた「永禄の変」について取り上げています。本展示を通して、戦国時代の動乱と、その中で生きた人々の姿に思いを馳せていただければ幸いです。

本展示について

 永禄の変は、永禄8年(1565年)に、三好義継や三好三人衆や松永久秀や松永久通らによって引き起こされた政変です。この事件によって将軍足利義輝は命を落とし、室町幕府の権威は大きく失われました。元々室町幕府は、応仁の乱以降政治や経済の混乱が続きどんどん弱まっていった。そのような状況の中で起こった永禄の変は、幕府の衰退を決定づける大きな出来事となりました。義輝の死後、弟の足利義昭が将軍となりますが自分だけの力だけでは政権を維持することができないので、織田信長の力を借りて上洛します。しかし、その後義昭と信長の関係は悪化し、やがて義昭は追放され室町幕府は滅亡しました。本館の中で一番見ていただきたいものは(足利義輝御内書)(官途補任)です。貴重な資料なのでぜひご覧ください。

  • 「芳年武者无類」 「弾正忠松永久秀」

    芳年, 小林 鉄次郎

    永禄の変で信長を裏切り、かつて自分と敵対していた三好三人衆側につき、その後また裏切りをして信長から逃げるように、茶釜に火薬を詰め込んで爆死する様子

  • (足利義輝御内書)〔官途補任〕

    (足利義輝花押)

    永禄の変で殺された人についての資料、足利義輝は意外に剣が強く、永禄の変の際は備蓄していた刀を使っては捨て使っては捨てを繰り返していたそう

  • 三好長慶碪軍談

    作者:梁塵軒

    三好長慶は戦いが強く、信長よりも前に天下に近い人と言われた

  • Tanzaku by Matsunaga Hisahide

    松永久秀

    松永久秀〈まつながひさひで・1510-77〉は、戦国時代の武将。出自や前半生についての詳細は不明。三好長慶(みよしながよし)に仕え、右筆もつとめた。が、永禄6年〈1563〉長慶の子義興(よしおき)が没すると(久秀が毒殺したとも伝えられる)、落胆した長慶も翌年病死、その後は幼き後嗣義継に代わって久秀が専横を極める。さらに、三好三人衆(三好長逸・三好政康・石成友通)とともに第13代将軍足利義輝を襲い、死に至らしめた。やがては天正5年〈1577〉織田信長に叛旗を翻し、信貴山(しぎさん)城にたてこもって自害し果てた。久秀は茶の湯を武野紹鷗(たけのじょうおう)に学んだ数寄者でもあり、数々の名物茶道具を所持した風雅な一面も知られる。藍の雲紙に、金銀泥で草花が大振りに描かれた料紙に、堂々かつ闊達な筆跡を残している。

    松永久秀の筆跡で、三好長慶を支えていた時のもの

  • The Warlord Oda Nobunaga (Copy)

    模者不詳、原本:近衛前久賛,Original inscription by Konoe Sakihisa (1536–1612),東京国立博物館,Tokyo National Museum

    <p>The warlord Oda Nobunaga (1534–1582) nearly succeeded in unifying Japan under his rule but was defeated by a treacherous general. The original version of this portrait was created on the sixth anniversary of his death. The top is inscribed with Buddhist poetry praying for the warlord’s salvation in the afterlife.</p>

    松永久秀に2回裏切られた上司、茶釜が欲しくて何度もくれと要求した、織田信長を裏切ったとして有名なのは佐久間信盛、松永久秀、明智光秀がいる

  • Mori Rammaru Bravely Fights at the Honnōji Temple

    織田信長の家臣であり、かなり気に入られていた。本能寺の変で信長を守るために享年17歳で亡くなった、信長の彼氏である(あくまでも説である)

  • 「外題尽し」 「明智光秀」

    華蝶,柏四郎板 柏 四郎 ,明智光秀〈〉

    信長を裏切り本能寺の変で殺した者、元は斎藤道三に使えており、斎藤道三が息子に戦で殺されたことにより浅倉義景に仕え、その後信長に仕えた

  • 月百姿 月下の斥候 斎藤利三

    月岡芳年、秋山武右衛門

    信長を殺した明智光秀の重臣、最初から最後まで共におり、娘は徳川家光の乳母、春日局である

本展示を見終わった人へ

 今回取り上げた永禄の変は、今まで身分制社会だったのに、これを機に実力のあるものが上に昇っていく社会、つまり下剋上社会へと移り変わりました。例えば、実は三好も初めはそこまで大きい勢力ではなかったのです。しかし、足利義輝と自分の上司である細川晴元を追放したことで脅威ある存在となりました。この事件はこれまでの日本の体制を大きく変えたものだとわかるでしょう。永禄の変はあまり知られていないかもしれませんが、今回を通して永禄の変や歴史について興味を持っていただけたらと思います。

展示観覧イベントについて

https://www.city.daito.lg.jp/uploaded/life/52319_166322_misc.pdf

三好長慶の行列祭りが大東市で行われるそうです。当時の人たちの甲冑などがわかります。

https://www.city.takatsuki.osaka.jp/site/history/114642.html

三好氏の本拠点の常設展です。こちらはイベントではないのですが、三好の城について知ることができます。