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Description

「坐る裸婦の大作または浴後の女」というタイトルが付けられた本作品は、ルノワールがその画業の後期に取り組んだ裸婦像の輝かしい成果のひとつである。1896年5月、ルノワールはパリのデュラン=リュエル画廊で個展を開催し、そのあと7月にモンマルトルのラ・ロシュフーコー街に転居した。本作はその年に描かれ、3年後の1899年1月にデュラン=リュエルの手に渡り、それから更に3年たった1902年6月にパリのデュラン=リュエル画廊で行われた「ルノワール展」で展示されたものである(この展覧会にはルノワールの近作40点が出品され、本作は出品番号23の作品として記録が残っている)。その後、スイスのヴィンタートゥールの世界的に著名な蒐集家オスカー・ラインハルトのコレクションを経て、当館の所蔵となっている。ルノワールは本作を描いてからほどない1898年暮れには、右腕がきかなくなるほどリューマチが悪化しており、その後も健康は悪化する一方で、左目の筋の部分的な萎縮とリューマチの激しい発作に襲われ続けた。このように身体は病気に苛まれても画術はますます円熟の一途をたどり、ルノワールの裸婦像は他の追随を許さぬモニュメンタルな人体表現として発展していった。水浴の後で足を拭くポーズの裸婦像は、1902年から06年頃にかけて、屋外で脚を組んで坐り、白い布をもつ右手で左脚を拭き、左手で髪を撫でる姿のヴァリエーションで4点描かれている(ウィーン美術史美術館、デトロイト美術研究所の作品など)。これらの作品群と本作の異なる点は、本作の方は室内でクッションの上に腰をかけ、身体を横から捉えた構図であり、脚は組まずに右脚を拭くポーズとなっている点である。その人体表現の彫塑的なヴォリューム感は、晩年の彼の彫刻作品を思わせるほどで、ふくよかな量塊の把握が見事である。また色彩は、健康的な肌色が生命の讃歌を歌い上げるように輝き、白い布や黄色、オレンジ色、緑色、茶色といったルノワール絵画の属性となっている親密な色彩群──黒色を排除し最高の強度をもった純色のみに限定した配色は「虹色のパレット」と呼ばれる──と混然一体となって眼を楽しませてくれる。マチエールについて言えば、絵画というよりは滑らかな陶磁器の表面のような質感をも感じさせる(リモージュに生まれたルノワールは、10代の頃に陶磁器の絵付け職人として働いていたことがあった)。ルノワールが裸婦を好んで描いたのは、彼にとって自然がもたらしてくれた恵みの中で最高の形象が女性の身体であり、その健康美を愛で、祝福し、永遠の映像として定着させる行為が絵画という手段であったからである。その意味で、ルノワールを印象主義という枠だけで定義することは不可能であり、むしろティツィアーノ、ルーベンスといった偉大な絵画の先達の系譜に連なり、ブーシェにも共通する職人芸をもった画家として認識することが必要であろう。

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Tokyo Fuji Art Museum Collection Database

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January 9, 2026