Description
明治時代に描かれた絵図で、天保12年(1841)に作られた2度目の開削ルートが描かれている。この開削は現在の西田端橋から東へ須賀神社のある弁天池へ直線で流路が掘られた。なお1度目の開削ルートは、西田端橋から善福寺川沿いに南へ迂回して須賀神社のある弁天池へ流れている。 大谷家文書は同家に伝わった旧馬橋村(現・高円寺南、阿佐谷南、梅里ほか)の地方文書および同家関係文書から構成され、慶安元年(1648)から昭和中期に至る約300年間にわたるものである。大谷家は江戸時代初期より馬橋村に定住したといわれ、代々名主役を勤める世襲名主の家柄であり、維新後も副戸長や地租改正掛などの職務についていた。こうした背景から、馬橋村の地方文書がほぼまとまった形で残されている。このように、本文書群は質・量ともに区内有数のもので、杉並地域の近世から近代にいたる歴史・民俗を伝える貴重な史料である。 本文書群や馬橋村についての詳細は、『武蔵国多摩郡馬橋村史』および『新修杉並区史 中』を参照されたい。
Data source
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Last updated
July 20, 2026
