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Description

「バトー=ラヴォワール」で「ルソーを讃える夜会」を開いた翌年の夏、ピカソは恋人のフェルナンド・オリヴィエを伴い、バルセロナから西方へ200キロの小さな高地の村オルタ・デ・エブロに赴いた。オルタ・デ・エブロ(現在の名称はオルタ・デ・サン・ジョアン)は、ピカソが16歳から17歳になる頃に猩紅熱の療養のために滞在し、画家として生きることを強く決心した思い出の土地である。3年ぶりのスペインへの帰郷となるこの旅行は、モンマルトルの芸術家仲間のサークルから離れてひとり自己の原点に戻り、母国の大地から活力を得るための旅であった。のちにフェルナンドがオルタを「キュビスム誕生の地」と回想しているとおり、オルタの荒々しく雄大な自然に刺激を受けながら、ピカソは線描で対象をいくつかの小さな面に分解し、黒、茶、灰色、緑などに限定した色彩のグラデーションで明暗を与え、再構築する空間表現―「オルタのキュビスム」に取り組んでいる。《男の胸像》は、オルタで制作した作品で、人体および背景の全体がパターン化され、装飾的な様相を呈している。ルソーの作品を熱心に集めようとしたピカソは1938年に、ルソーが自分と妻ジョゼフィーヌを対に描いた《自画像》と《ジョゼフィーヌ・ルソー》(1900-1903年、ピカソ美術館蔵)を入手した。《自画像》は、パターン化された背景に、くっきりと頭頂部、眉、眼の曲線、構図の中心をなす鼻筋が力強く表わされ、偶然にもピカソの《男の胸像》と相似形をなしている。ピカソがルソー夫妻の肖像を両手に誇らしげにかざす写真が残るのだが、その顔は自己の試みとの偶然なる一致を見出し、ルソーへの親愛の想いを深めた喜びに溢れている。(『アンリ・ルソー:パリの空の下で』図録、2010年)

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Pola Museum of Art Collection

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March 28, 2023