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学制150年記念オンライン展覧会

企画展「学制150年記念展示」(「文部科学省情報ひろば」で令和4年9月1日から9月30日まで開催)のオンライン展覧会です。

はじめに

 明治5(1872)年に我が国最初の全国規模の近代教育法令である「学制」が公布されてから、令和4(2022)年で150年を迎えることとなります。

 オンライン展覧会では、学制発足から昭和20年までの教科書の変遷を、教育図書館所蔵資料でご紹介します。


■学制150年記念展示概要【展示は終了しました】

日時:令和4年9月1日(木曜日)~9月30日(金曜日)

  (月曜日~金曜日:10時~18時開館 ※土曜日、日曜日、祝日は閉館)

場所:文部科学省情報ひろば(https://www.mext.go.jp/joho-hiroba/

入館料:無料

事前申込:不要

ウェブサイト:https://www.mext.go.jp/a_menu/gakusei150/index.htm

学制

学制

明治5(1872)年に発布された我が国最初の近代学校制度に関する法令。翌5年8月2日(太陽暦9月4日)に太政官(だじょうかん)布告が発せられ、翌3日に文部省布達により太政官布告を添えて頒布されました。学校を小学、中学、大学の三段階とし、小学校は8年制で下等小学(6~9歳)、上等小学(10~13歳)各4年とされました。また、学区制を導入して、全国を約5万の小学区に分け、各学区に小学校一校を設置することになっています。

明治初年・検定教科書

 「学制」を実施するための具体的な事項、教科目と時間配当、教科書、授業の要点などは、明治5(1872)年に公布された「小学教則」によって決められました。「小学教則」で例示された教科書は、明治維新後に出版された文明開化の啓蒙書・翻訳書の類で、小学校用教科書として編集出版されたものではなく、一般の読み物として出版されたものから文部省によって暫定的に小学校の教科書として指定されたものでした。

 その後、文部省と師範学校の編輯局により、各科目で使用する教科書が刊行されていきます。これらは、主に欧米の教科書を翻訳したものでした。文部省及び師範学校刊行の翻訳教科書は、府県において翻刻され、全国の小学校に普及していきました。

 明治19年(1886年)の「小学校令」の施行とともに、検定制が実施されることになり、文部省の検定を経た教科書の中から選定して使用することになりました。

小學教授書 : 全

明治初期の小学校初学年では、教材として掛図が使用されました。掛図を一冊の本に収録したものです。

小學入門 甲號

『小学教授書』にいろは図四十七文字を加え、改正版の掛図を収録したものです。

小學入門 乙號

甲号の縮刷・簡略版です。文字が小さく、絵も簡略化されましたが、これまで含まれていなかった「色図」が収録されるようになりました。各地で翻刻本や教授書・解説書が出版され、普及していきました。

小学入門教授図解

『小学入門』の教授用書のひとつ。西洋建築の教室で掛図に向かって一斉授業を行う近代教育における授業の形が紹介されています。 掛図を使った教授風景(8図)と,いろは図・五十音図・単語図・連語図・線及度之図・面及体之図・色之図の教材図(10図)からなります。

小學讀本 巻一

明治6(1873)年に文部省が作成した国語教科書。全4巻のうち、巻1・2は、アメリカの教科書"ウィルソン・リーダー"を翻訳したものです。多くの府県の教則で読物の教科書として示されたこともあり、各地で翻刻され、明治10年代まで幅広く使用された教科書です。

The first reader of the school and family series

「小學讀本 巻一」の底本となったアメリカの教科書です。本書は、元々、アメリカで発行された教科書を、明治13(1880)年に日本で翻刻したものです。

唱歌集 初編

我が国最初の音楽教科書です。米国に留学して音楽教育を学んだ伊澤修二と、その師であるアメリカ人音楽教育家メーソンが中心となって、文部省音楽取調掛によって編纂されました。「ちょうちょう」など現在でも歌われる唱歌が掲載されています。

尋常小學修身書 巻1

明治24(1891)年「小学校修身教科用図書検定標準」により、修身教科書については、児童用と教師用を区分して編集すること、学年段階に応じて程度を高めることなど、その後に発行されるすべての教科書に通じる基準が定められました。本書は、「小学校修身教科用図書検定標準」後に発行された修身教科書のひとつです。

小學理科教科書 巻3

明治19(1886)年の「小学校ノ学科及其程度」により、「博物」・「物理」・「化学」・「生理」がまとめて「理科」となり、高等小学校で実施されることとなりました。本書は、東京高等師範学校で理科教授法の研究を行っていた棚橋源太郎による理科教科書です。

國語讀本 : 高等科女子用

坪内雄蔵(坪内逍遥)による高等科女子用の国語教科書です。巻1の第19~20課には、「おしん物語」として「シンデレラ」の物語が掲載されています。日本で初めて「シンデレラ」を紹介したものとされています。

国定教科書

 明治36(1903)年4月、小学校令の改正により、「小学校ノ教科用図書ハ文部省ニ於テ著作権ヲ有スルモノタルヘシ」と規定され、小学校用教科書の国定制が始まります。

 まず修身・日本歴史・地理の教科書及び国語読本は必ず国定教科書を用いることが定められましたが、更に同施行規則で書き方手本・算術・図画も追加されました。既に編集が進められていた修身教科書を始めとして、国語・地理・日本歴史の教科書が編集され、37年に国語読本・書き方手本・修身・日本歴史・地理の国定教科書が使用され始めました。翌38年には算術・図画が、43年には理科が国定教科書に追加されました。これによって小学校用教科書の内容が、全国で統一されることになりました。

 教科書国定制は、数次にわたる改訂を経ながら、昭和20(1945)年まで続くことになります。

尋常小學讀本 一

第1期(明治37~42年使用)の国語(読本)教科書です。発音を重視し、カタカナ単音とそれに合わせた絵で始まっています。「イ」「エ」「ス」「シ」から始まっていることから「イエ・スシ読本」と呼ばれています。

尋常小學修身書 : 兒童用 巻1

第2期(第1学年:明治43年~大正6年使用)の修身教科書。第1期は1年生は掛図を使用したため児童用の教科書がありませんでしたが、第2期から、1年生児童用の教科書が登場しました。

小學國語讀本 : 尋常科用 巻1

第4期(第1学年:昭和8~15年使用)の国語(読本)教科書。「サイタサイタ」で始まるため、「サクラ読本」と呼ばれています。それまで「ハナ」「ハト」等の単語ではじまっていた導入部分に、初めて文章が採用されました。また、低学年用の教科書が初めて色刷りになりました。

尋常小學修身書 巻1

第4期(第1学年:昭和9~15年使用)の修身教科書。グレー一色だった表紙が、草花入りの青色に変わり、低学年用の挿絵もカラーになりました。 【注】画像は白黒になります。

尋常小學算術 : 第1学年兒童用 上

第4期(1年生:昭和10~15年使用)の算数教科書。従来の黒表紙から明るい緑色の表紙になったため、「緑表紙」とも呼ばれています。論理的・抽象的なものから児童の心理と生活を尊重した内容に大きく変更されました。また、それまで第3学年からだった児童用教科書が第1学年から作られました。

初等科國語 八

第5期(第6学年:昭和18~20年使用)の読本(国語)教科書。昭和16年から「国民学校」となった小学校で使用されました。「初等科国語」は第3学年から2冊ずつ使用され、「八」は第6学年用になります。本書は、墨塗前の教科書です。

初等科國語 八(墨塗)

第二次世界大戦後の昭和20(1945)年9月に、文部省は「終戦ニ伴フ教科用図書取扱方ニ関スル件」を発し、教科書から国防軍備等を強調する教材などを墨で黒くぬりつぶすよう指示を出しました。本書は、その指示により、墨塗された教科書です。

絵すごろく

 浮世絵師による木版多色刷りの絵すごろくは、江戸時代の印刷技術の発達とともに明治にかけて多数つくられました。木版多色刷りの錦絵が登場した江戸から明治にかけて盛んに印刷されました。

 江戸時代には、小説・歌舞伎・浮世絵など様々な知識や趣向を取り込み、大衆文化の諸相を伝える内容が多く、明治時代になると教育的・啓もう的な内容の絵すごろくも登場します。これらの絵すごろくでは、学校入学から卒業までの学びを紹介するものや、小学校で習う単語を並べたものなど、子供たちが遊びながら、様々な事柄を学ぶことができるようになっています。