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Initial note

1543年に種子島に伝わった火縄銃の歴史を紹介します。

 この博物館は火縄銃の歴史に重点を置いて説明しております。銃刀法により日本では銃の持ち込みが禁止されているため、あまり銃に馴染みはないと思いますが、室町時代の頃の火縄銃の果たした役割などについて詳しく説明しているので、是非最後までご覧ください。

 あまり馴染みのない火縄銃に少しでも関心を持ってもらうためにこの展示を行っております。また、火縄銃の果たした役割を知る良い機会になることを願っております。

火縄銃の歴史と移り変わり(日本伝来期)→今回はこちらをメインに説明

1543年 ポルトガル人が種子島に火縄銃(のちの鉄砲)を伝えた
1544年〜1545年 日本が鉄砲を購入・国産化に成功
1546年以降 日本で鉄砲という名前が定着
1543年 ポルトガル人が種子島に火縄銃(のちの鉄砲)を伝えた

(鉄砲の歴史と移り変わり(日本伝来後))

1550年代 堺などで大量生産
1650年頃 火縄銃の技術が発展
1840年代 西洋式の銃が日本に入る
1860年代 戊辰戦争で西洋銃が主流になり、火縄銃が衰退
1550年代 堺などで大量生産

火縄銃の歴史についての資料

  • 鉄砲伝来とその影響

    洞富雄 著,校倉書房

     この書物は火縄銃が日本に伝来した1543年から戊辰戦争が起こった1868年までの幅広いことが上記されており、『火縄銃(鉄砲)が伝来したことで一騎打ちから、火縄銃(鉄砲)を用いた集団戦へと移り変わり、戦術、築城術、さらに天下統一までの速さも格段に速くなった。また、日本での国産化や南蛮貿易、技術革新にも多大な影響を与えた。』と記してある。

    これは国立国会図書館に置かれている本で、鉄砲について日本への伝来から幕末までの歴史について詳しく知りたい人にお勧めの本です。

  • 火繩銃

    野田清堯,東京国立博物館

     東京国立博物館に置かれている火縄銃。『この火縄銃は火縄銃身というもので、野田清堯が作ったとされる。また、制作時代は江戸時代の1612年である。』と博物館の中の、この火縄銃についての説明に記してある。

    これは東京国立博物館に置かれている銃で、江戸時代初期に野田清堯が作ったとされる火縄銃です。徳川家の所有銃として有名です。

  • 鉄砲伝来前後

    種子島開発総合センター 編,有斐閣出版サービス

     この書物は火縄銃が伝わった種子島の歴史について(具体的には、火縄銃の伝来前後の島の情勢などについて)書かれている。『種子島に火縄銃が伝わって(購入して)その火縄銃の類似品を作ることができたのは、当時種子島の鍛治師のレベルが全国比で見ても非常に高かったからである。』と記されている。

    これは国立国会図書館に置かれている本で、鉄砲の伝来の歴史について知りたい人にお勧めの本です。

  • 日本銃砲の歴史と技術

    宇田川武久 編,雄山閣

     この書物は、戦国時代の合戦における鉄砲の役割から、江戸幕府の鉄砲の管理体制、幕末の洋式銃導入までが書かれている。(上記の鉄砲伝来とその影響に近い内容)書物には『鉄砲は、単なる舶来の破壊兵器として日本に持ち込まれたのではなく、中世から培われた日本の鍛冶技術と、未知なる西洋の機械論が出会って生まれた最初の精密工業製品である。』と記されている。

    これは国立国会図書館に置かれている本で、鉄砲の伝来からどのように技術が発展したかについて知りたい人にお勧めの本です。

 最後までご覧くださりありがとうございます。火縄銃(鉄砲)について少しでも知識が増えれば幸いです。

https://kitabiwako.jp/syusse/hinawa/

→「第40回長浜火縄銃大会」というものを令和7年10月12日(日)に開催するそうです。

 詳しくは上記のサイトをご確認ください。