トラトラトラ 〜太平洋戦争の実態〜
太平洋戦争について説明します。
こんにちは。本日はご来館いただきありがとうございます。館長です。
こちらの博物館では、年表式に太平洋戦争を説明したあと、収録している資料について館長からの一言で説明しています。
なぜこの博物館を作ったかというと、自分は小学生の時から昭和史が好きで、中でも第二次世界大戦や太平洋戦争に興味を持っていたからです。また、今年で終戦から80年を越え、戦争経験者から直接話を聞くことが難しくなっています。そのため、自分たちの世代が先人から話を聞き、次の世代へ繋いでいくべき世代なのです。そのためにも、1人でも多くの人に戦争について知ってもらいたいと思い、この博物館を作りました。
また、題名のトラトラトラとは真珠湾攻撃時に使われた暗号で、「我奇襲に成功せり」という意味のものです。
では、どうぞごゆっくりご鑑賞ください。
太平洋戦争の時系列
それぞれの資料の説明(時系列順)
- 太平洋戦争画絵葉書
館長からの一言
真珠湾攻撃の様子。1941年12月8日(現地12月7日)、ハワイの真珠湾にあったアメリカ軍の基地に日本軍の戦闘機が攻撃を行った。これにより、日本はアメリカに宣戦布告をした。この攻撃によるアメリカ軍の死者は2402人にも及んだ。
- 太平洋戦争画絵葉書
館長からの一言
マレー沖海戦の様子。1941年12月10日、日本と英国の海軍が戦ったこの海戦は、日本の勝利で終わった。この海戦によって日本と欧米との太平洋戦争が幕を開けた。また、真珠湾攻撃と合わせて、これらの情報は瞬く間に世界中に広がった。
- 太平洋戦争画絵葉書
館長からの一言
英国領シンガポール軍が日本軍に降伏している様子。この頃の日本は勝利を繰り返し、その実質的な最大国土は樺太、満州、中国の一部、朝鮮、さらには東南アジアの多くの国が日本の支配下に置かれ、その面積は約70万㎢と言われている。
- 慰問袋
不詳
銃後の国民から戦地の兵士に送る袋。木綿製や麻製があった。袋の中には、日用品、食料品、医薬品、手紙・写真などの慰問品を入れた。
館長からの一言
戦地の兵士たちに送る慰問袋(いもんぶくろ)。袋の中には日用品などを詰めて戦地へ送った。中には弾薬よけとされている千人針も入っていたと見られる。
- 写真 太平洋戦争末期 銃を持って市中を行進する八幡高等女学校生徒
館長からの一言
国内の人手が足りなくなった太平洋戦争末期では、女性も戦闘要員として動員されていた。
- ポスター ヒマを捧げよ
陸軍省 海軍省 文部省 大政翼賛会
唐胡麻(蓖麻)の種子から得られるヒマシ油は、粘度が高く航空機の潤滑油に使用された。政府は、石油資源の不足を補うため国民にヒマの栽培を呼びかけた。
館長からの一言
太平洋戦争末期、東南アジアからの石油を乗せた多くの民間船は丸裸のままアメリカ軍の船によって沈められていた。その影響で、国内では戦争に使う石油が枯渇し、トウゴマと呼ばれる植物から取れる油で代用していた。つまり、この太平洋戦争は石油のために戦い、石油がなくなったために敗れた戦争ということになる。
- 広島・原爆ドーム
笹本恒子
館長からの一言
1945年8月6日、広島に原爆が投下された。写真は原爆によって大きく破壊された原爆ドーム(広島県産業奨励館)。爆心地の近くにいた人は3000度を超える熱で一瞬で命を落とした。
- 原爆ドーム 抜けた天井から炸裂の中天を仰ぐ
吉田潤
館長からの一言
原爆は多くの2次災害を起こした。被爆した人には後遺症が残り、死に至った人が多くいた。このような甚大な被害をたった一つの爆弾だけで被ってしまうということに、スケールが大きすぎるため、実感が湧かない。
- 写真 戦災者の土管生活
空襲で家を失った人びとの中には、土管や防空壕など、一時的に雨風をしのぐことのできる場所を探し、生活の立て直しをはかる人もいた。
館長からの一言
アメリカ軍の空襲により、終戦後、多くの地域が焼け野原になった。そんな中、家を失った人々は、土管や空襲から逃れるために作られた防空壕で暮らしていた。
- 初等科國語 四
著作兼発行:文部省 出版:東京書籍㈱(国語)
館長からの一言
終戦後、学生の教科書に書いてあった戦争的な内容は、教育的に良くないとされ、墨で黒く塗りつぶされた。このような教科書を「墨塗り教科書」といい、戦争の痕跡が残るものとされている。
- General of the Army MacArthur and the Emperor 3
G・フェーレイス/撮影
館長からの一言
1945年9月27日、GHQ(合国軍最高司令官総司令部)のダグラス・マッカーサーと昭和天皇が会談をした。写真はその時のもの。国民は、この写真を見て改めて「敗戦」を実感した。
いかがだったでしょうか。一部は戦争の悲惨さを語るものでありました。今日もまだ世界のどこかで戦争は続いています。このような惨事を一刻も早く止めなければなりません。この博物館を通して、戦争への意識が変わっていただければ幸いです。
本日はご来館いただき、ありがとうございました。 館長
東京大空襲81年「東京大空襲を語り継ぐつどい」
東京大空襲・戦災資料センターHP:https://tokyo-sensai.net/
日 時 2026年3月8日(日)開場13時 開会13時30分(閉会予定16時)
会 場 中村中学校・高等学校 フェニックスホール (江東区清澄白河)
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プログラム
◆講演・落語 “祖父の「国策落語」と父母の戦争体験を語る” 講師 落語家 二代目林家三平師匠
◆東京大空襲を語り継ぐ
* 体験を語る「平和を願って今を生きる」 檜森富惠さん
* センターのこの一年の活動
* センターで学んだ生徒たち





