貨幣の歴史
館長からの挨拶
皆さんこんにちは。館長です突然ですが皆さんはお金についてどう思っていますか。お金は皆さんの生活になくてはならないものです。なので大事だと思う人が多いでしょう。しかしもっとお金について理解するにはお金の歴史とも触れる必要があると思います。この展示を通して皆さんにお金のことについて理解を深めてもらいたいです
展示の趣旨
お金の中でも貨幣の歴史に触れてそれを他の昔に起きた出来事などと繋げて考えてもらい想像力を深めてもらう
貨幣の歴史
- Fuhonsen
内蔵寮寄贈,Imperial Household Ministry,東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p> 方孔の上下に「富」「本」の文字、左右に七曜文を鋳出す。その存在は江戸時代から知られていたが、昭和61年に(1986)に平城京跡で出土して、古代の貨幣と確かめられた。近年、富本銭の鋳型が発見された飛鳥寺池遺跡は、その製造地であった可能性が高い。 <br /></p>
日本最古の貨幣と言われている。富本としか書かれておらず味気ない
- Coin(Wadō Kaichin/Kaihō)
東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p>和同開珎+わどうかいちん、わどうかいほう+は日本で最初の流通用の鋳造貨幣です。「続日本紀+しょくにほんぎ+」によれば、和銅元(708)年に武蔵国秩父郡の銅が献上されたことがきっかけで鋳造されたといいます。近年、富本銭+ふほんせん+が日本の最初の銅銭であることが分かりましたが、富本銭はまじないに使われたという説があります。<br /></p>
政府が発行したとわかっている最古の貨幣。何故上から時計回りで和同開珎にしたのか気になる
- 新貨条例による最初の貨幣(5種類の表・裏を示す) 左上から20円金貨(品位900 直径35.0606mm 重量33.333g) 1円銀貨(品位900) 50銭銀貨 2銭銅貨 貿易銀
山口直
政府がお金の単位を円、銭、厘にしたときの貨幣です。中でも20円金貨は現在だと数十万 〜数千万のするそうです。今では考えられないほどの価値です
- 古銭(寛永通宝)
■2015年/佐藤雄生/「江差鴎島沖の海揚がり遺物」/『弘前大学國史研究』138号で紹介(表2の№152)。■咸平元宝は中国(北宋時代)の古銭。■古寛永通宝■画像の二次利用をする場合には、所蔵・撮影・提供などを「江差町教育委員会」として下さい。
江戸幕府が公鋳銭として採用した貨幣で知っている人も多いと思います
- Kokoshukin Muhaigokuin (Unmarked on back) Ichibukin, Gold coin
大川功氏寄贈,Gift of Mr. Okawa Isao,東京国立博物館,Tokyo National Museum
<p>円形の薄金板で、表には「壱」、丸に「分」、左上に亀甲に五三桐紋、左下に「松木」の極印が打たれている。背面には極印がないので「無背」。戦後時代~江戸時代前期の甲州金を「古甲州金」「古甲金」と呼ぶ。松木は製造に携わったと伝わる金座4家のうちのひとつ。(E-20173、20176共用)<br /></p>
武田家が発行した貨幣で貨幣を全国統一した後も甲斐国でのみ使われていました
- Gold Coin ("Ōban") Minted in the Keichō Era
大川功氏寄贈,Gift of Mr. Okawa Isao,東京国立博物館,Tokyo National Museum
1601年に鋳造された貨幣で江戸幕府が鋳造した貨幣の中で最も価値が高い
いかがでしたでしょうか。一言で貨幣と言ってもさまざまな人がさまざまな目的で作られてきたのが貨幣です。この展示を通して何か学べた事や他のことに繋げられたできれば幸いです
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