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都市と鉄道
館長のあいさつ
こんにちは!ここでは、誰もがみんな知っているような輝かしい新幹線などではなく、昔から街での交通手段として使われてきたものを多く展示しています。ぜひ見ていってください。
この展示について
都市の交通手段として重要な鉄道を集めました。
交通機関の歴史
日本初の鉄道(陸蒸気)開通東京馬車鉄道設立東京馬車鉄道開業東京電車鉄道 路面電車開通日本初の地下鉄が開通丸の内線開通東西線開通大江戸・南北線開通副都心線開通多摩モノレール全区間開通
日本初の鉄道(陸蒸気)開通
馬車鉄道
館長からの一言 これは浅草の近くのレールの上を馬車が走っているところです。この路線は浅草~日本橋~上野~浅草を結ぶ環状線で、日本初の馬車鉄道です。 馬車鉄道は従来の馬車と比べてレールの上を走るので抵抗が少なく、輸送のスピード、効率が上がり、乗り心地も向上しました。さらに、乗っている人を見ると富豪ではなく庶民だということも分かります。蒸気機関車が客車を引いて走る鉄道は馬車鉄道が開通する以前にもありましたが「陸蒸気」と呼ばれていたそれは、当時米一升が3銭8厘ほどなのに対して上等1円50銭、中等が1円、下等でも50銭とかなり高価でした。 Mrソラン『clicccar』「都電や市電のルーツか!馬がレールの上の客車をけん引する「馬車鉄道」が新橋~日本橋間で開通」https://clicccar.com/2024/01/05/1338241/#google_vignette2月10日 品川区立品川歴史館『品川区』「品川の鉄道」https://www.city.shinagawa.tokyo.jp/jigyo/06/historyhp/pdf/pub/kaisetsu/cs08l.pdf2月10日
馬車鉄道の当時の様子
館長からの一言
この本からは、馬車鉄道がどのような物だったかがよくわかります。
「大通りは其処をまた、小さな鉄道馬車が不景気な鈴を振立てゝ、みじめな瘠馬に鞭をくれ乍らとぼとぼと、汐留から只一筋に、漸く上野浅草へと往復して居りましたが、今の電車と違って乗降も乗客の自由で、鳥渡言葉さへかければ何処の辻でも其処の角でも、勝手気侭に停めてくれました。馬は馬で所構はず糞便をたれ流す、車台は車台で矢鱈に脱線する、其都度跡の車台から駆者や車掌を招集して、はては乗客までも力を添へ乍ら掛声諸共元のレールヘをさめるのでありましたが、狡滑な人は其ひまに随分乗逃も出来たでせう。思へば実に幼稚な物で、其が東洋第一と誇る日本の主府、我東京市の面目を僅に保っていた唯一の交通機関であったかと思ふと、全く情ないやうな心もいたします」と、馬車鉄道のことが書かれています。脱線した車を線路に戻すのに乗客が手伝いをするというところを見ると、利用客の少ない、不十分な公共交通機関のように思えます。しかし、この路線を運営していた東京馬車鉄道会社は、最盛期には300両の車両と2000頭の馬を持っており、莫大な利益を上げ、大企業になりました。
白石弘之『東京都公文書館』「都史紀要33 東京馬車鉄道」https://www.soumu.metro.tokyo.lg.jp/01soumu-archives/06kanko_butsu/0604t_kiyo/0604t_kiyo332月13日
都電
館長からの一言
これは東京の街のあちこちを走っていた通称「都電」です。東京都によって運行されました。先ほど説明した東京馬車鉄道は、東京電車鉄道と名前を変え、品川〜新橋間に路面電車を開通させました。その東京電車鉄道は東京鉄道と名前を変え、それが東京市電気局に買収されました。これがのちの都電です。なので、都電の軌間は馬車鉄道と同じ1.372mm。「馬車軌間」と呼ばれます。 馬車鉄道は安く、早く、大勢の人を輸送することができましたが、やはり馬が引いているので限界がありました。 馬が引くので、歩く速さとほぼ同じ速さにしかならず、小さくて軽い車両しか引けず、長い時間働くことができない上に病気になってしまえば引くことができません。馬を管理するのにもお金がかかり、糞尿を撒き散らしながら走るので衛生上問題がありました。これらのことから、街の公共交通機関は路面電車へと変わっていきました。
『駅前都電最終日(アルプス周辺・夜)』(豊島区立駒込図書館所蔵)
「デジタルアーカイブシステムADEAC」収録
(https://jpsearch.go.jp/item/adeac-R100000094_I000185057_00_)
枝久保達也『乗り物ニュース』「東京最初の鉄道は馬が引いた 年間3300万人が利用「東京馬車鉄道」が20年で消えた”もっともな理由”」https://trafficnews.jp/post/126269/3#google_vignette2月14日
富士宮市立中央図書館『富士宮探検』「馬車鉄道の秘密」https://www.fujinomiyalib.jp/images/upload/bokchan10.pdf;jsessionid=3E19FDE34BD2A9D49B52B53A4BE6FD992月14日
東京都交通局『交通局の概要』「都電荒川線」https://www.kotsu.metro.tokyo.jp/about/service/toden.html2月14日
地下鉄
館長からの一言
都電は最盛期の1943年には、一日平均193万人もの人が利用していました。系統も41系統あり都内を縦横に走っていました。しかし、車が増えて都電の軌道内に入ってくる事が多くなると、輸送効率が大幅に低下しました。そして都電は、1967年から1972年までで181kmもの路線を廃止しました。現在では、路線の大部分が専用軌道であり、代わりのバスを走らせる道路がない、三ノ輪橋~早稲田間を走る都電荒川線だけが残っています。
そんな都電に取って代わったのが地下鉄です。地下鉄なら地上を走る車のことを考えずにスムーズに走ることができます。地下鉄は戦前からありましたが、1960年から2000年にかけて10路線が開通しています。写真は日本初の地下鉄、銀座線。TOKYOMATSUMURA『(東京)地下鉄道プラツトホーム』(台東区立中央図書館所蔵)
「デジタルアーカイブシステムADEAC」収録
(https://jpsearch.go.jp/item/adeac-R100000094_I000120873_00)
梅原淳『日本経済新聞』「東京の地下鉄、なぜここを走る? 背景に「都電」ルート」https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUD314700R30C23A7000000/2月14日
東京都交通局『交通局の概要』「都電荒川線」https://www.kotsu.metro.tokyo.jp/about/service/toden.html2月14日
モノレール
館長からの一言
しかし、そんな地下鉄にも欠点がありました。建設費が高すぎることです。地下なので特殊な土木工事が必要で、莫大なお金がかかります。故に、大きな収入が見込める都市部でなければ建設できません。例えば、有楽町線の延伸には1kmあたり560億円がかかります。しかし、多摩モノレールの延伸にかかる費用は1kmあたり約170億円ですみます。道路の上に路線を作ることで土地を買収せずに済むのでその分も安くなるのです。写真は多摩モノレール。
『多摩センター駅北側乞田川をまたぐ多摩モノレール』(多摩市所蔵)
「デジタルアーカイブシステムADEAC」収録
(https://jpsearch.go.jp/item/adeac-R100000094_I000145256_00)
東京メトロ『有楽町線・南北線延伸 新線プロジェクト』「有楽町線延伸(豊洲・住吉間)計画について」https://www.tokyometro-newline.jp/yurakucho/2月15日
梅原淳『日本経済新聞』「東京の臨海地下鉄「約5000億円」 莫大な建設費の理由」https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUD063GO0W2A201C2000000/2月15日
国土交通省鉄道局都市鉄道政策課『多摩都市モノレール株式会社の軌道事業特許について』「建設費・資金計画の概要」https://www.mlit.go.jp/common/001873687.pdf2月15日
展示を見終わった人へ
「都市と鉄道」は面白かったですか?その時代に最適な都市の交通手段は刻々と変化していきます。都電は昔は41系統もあり、都内を縦横に走っていましたが、今ではもう一路線しか残っていません。しかし、近年は自動車の排気ガスに含まれる二酸化炭素などが地球温暖化を助長するとし、環境にやさしい路面電車が再び注目を集めています。日本にも、宇都宮に宇都宮ライトレールという新たな路線ができました。「都市と鉄道」の展示を最後まで見てくれてありがとうございました。
関連イベントについて
北海道にある野外博物館「北海道開拓の村」では、4月中旬〜11月末まで、馬車鉄道を観光用に毎日運行しています。市街地群・旧札幌停車場前〜農村群・ソーケシュオマベツ駅逓所までの約500mを走っていて、所要時間は5分ほどです。北海道に行く機会があったら、皆さんもぜひ乗ってみてください。




