日本地図の移り変わり
時代ごとの日本地図の変化
館長あいさつ
こんにちは。
僕の博物館では、江戸時代~明治時代ごろまでの日本地図の変化について紹介したいと思います。
かつて日本と交流の多かったイギリスやオランダから見た日本地図や江戸時代初期に日本が独学で作った日本地図と伊能忠敬が作った正確な日本地図などの詳細や時代背景を紹介していきます。
展示の趣旨
この五つの、作られた国も、作った人も、作られた時の時代背景も違う日本地図を比べることで見えてくる共通点からどのような場所が時代を超えても外国との交流において重要な役割を果たしていたのか、また違った点からどのように時代が変わっていくにつれて変化していったのか、それを自分なりの解釈で自分なりに感じ取ってもらいたいということが展示の趣旨です。
完璧な日本地図ができるまで
日本地図の移り変わり
館長の一言 1720年ごろのオランダ人が作った日本地図。とても地名や、地形が正しく書かれており、城下町も規模によって記号化されていたりと、オランダ商会館が江戸参府に行く時の旅程を表していることが伺える。そのため九州地方から江戸までの地図となっている。
館長の一言 オルテリウス(1527-98)はオランダの地理学者、数学者。1570年に53枚からなる初の世界地図帳を発行したことで知られる。そしてそのオルテリウスが1595年に世界で初めて本格的な日本地図を作った。
館長の一言 1865年にまでなってくると、日本がイギリスと同盟を結んでいたため、日本の立地や地形を完全に把握した上で作られた地図なはずなので、今の日本地図と変わらないくらいのクオリティーの中国・四国地方と九州地方の地図が作られている。そしてやはり九州地方と中国・四国地方が諸外国との貿易において大きな拠点となっていたことがわかる。
展示を見終わった方へ
それぞれの日本地図の共通点から自分なりに時代や人を超えても変わらなかったものを感じ取っていただけたでしょうか?諸外国が江戸時代に作った日本地図は九州地方と中国・四国地方に重点を置いた構成となっていて、どれだけ鎖国中の日本と交易をするにあたって重要な場所になっていたかということを最初に見た時に感じていただけたかと思います。しかしこの僕の展示を見てくださった一人一人が違った意見を持っていて、着目するポイントや、その共通点から考えることも全てが違っていると思います。その個人個人が持っている意見を照らし合わせて色々な新発見をして自分の新たな物事の捉え方を、僕の作品を通じて学んでいただけたなら幸いです。
僕の展示を鑑賞していただきありがとうございました。
展示関連イベント
「伊能忠敬―新しい地図の世界へ―」(豊田市博物館)
「国土地理院 地図と測量の科学館」(茨城県つくば市)
国際シンポジウム「日本の古地図研究2026」(長久保赤水顕彰会)




