関ヶ原の戦い
なぜ東軍が勝てたのかを考察していく
こんにちは。僕はなぜこのギャラリーを作ったのかというと、関ヶ原の戦いは当初は西軍が有利であったが、東軍が勝ったので不思議に思ったので関ヶ原の戦いについて深く調べてみました。
関ヶ原の戦いでは、徳川家康率いる東軍と石田三成率いる西軍が関ヶ原で激突した。西軍は最初の方は兵力・配置なども優れており、西軍が優勢かと思われた。しかし、裏切り、内応などが多発し、西軍は総崩れとなって敗れてしまう。ここでは関ヶ原の戦いに関する資料を取り上げていく。
関ヶ原の戦いに関連する資料
- 関ヶ原御陣所図
関ヶ原の戦いの布陣を描いたもので、2点1組で伝来する。
これは関ヶ原のそれぞれの武将がどこに軍を置いたか(言い換えると『布陣』)を表しています。ここでは表されていませんが、宇喜多秀家・小早川秀秋などが多くの兵を持って戦いました。
- 関ヶ原古戦場
岐阜県関ヶ原町。慶長五年九月十五日ここで東西両軍17万の兵が戦いました。天下分け目の関ヶ原の合戦です。6時間に及ぶ死闘の末、東軍・徳川家康の圧倒的な勝利に終わりました。<br><br>(この動画は、2006年に放送したものです。)
この写真は関ヶ原の戦いの戦場になったところに記念碑が建っているのがうつっている。
- 関ヶ原合戦絵巻 上
三村養益
松代藩の絵師・三村養益が描いた関ヶ原合戦絵巻。上下巻からなる。上巻は関ヶ原の戦いを描き、下巻では、上田城での真田昌幸・幸村軍と徳川秀忠との対戦の様子など、真田家をめぐる戦いの様子が描かれている。
上巻では関ヶ原の戦いの様子が描かれています。
- 関ヶ原合戦絵巻 下
三村養益
松代藩の絵師・三村養益が描いた関ヶ原合戦絵巻。上下巻からなる。上巻は関ヶ原の戦いを描き、下巻では、上田城での真田昌幸・幸村軍と徳川秀忠との対戦の様子など、真田家をめぐる戦いの様子が描かれている。
下巻では徳川秀忠と真田昌幸・幸村との対戦の様子が描かれています。
関ヶ原の戦い 年表
石田三成が福島正則や加藤清正らに襲撃された。
ご鑑賞ありがとうございました。このギャラリーをみてどう思いましたか?このギャラリーで関ヶ原の戦いに関して興味が湧いたら嬉しいです。
毎年10月、関ヶ原では大関ケ原祭が行われます。内容は巨大な将棋盤で武将たちが対局するというものです。




