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江戸時代の世界地図

江戸時代に日本で作成された世界地図を見てみましょう。

幕府暦局による東西両半球世界図。これより先、文化13年[1816]刊(推定)の、同じく暦官(天文方)であった高橋景保による「新訂万国全図」があり、約40年を経てその内容の改定が必要とされた。投影図法、副図を含む図の形式は旧図にならうが、1846年刊ゼルマニア(ドイツ)人ソルおよびハンドトゲの合作図を原拠とし、その他欧州諸図も参訂して、天文方山路諧孝の指揮下、その嫡男彰常と佐渡出身の地理学者柴田収蔵が改訂にあたった。例言に編集の次第を述べる。例言中、約100年前とする旧図(新訂…)の原拠図の年代については、今日の研究により、実際には18世紀末(約50年前)のものであることが知られている。旧図は銅版刷だが、本図は精細な木版、「合作図」にならって国境線に彩色を施す。

銅版筆彩 113×196cm

マテオリッチの世界図をもとにした、正保2年ごろの刊行図に始まるとされる万国総図系の小型世界図。画面を左右に分割し、右に東を上にする縦長の卵型世界図、左にコマ割りで40ヶ国の男女人物像を描く。先行図が縦長画面の地図と人物をそれぞれを1枚とし、対の軸として構成しているのに対して、両図を1枚におさめていることを特色とする。