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寒山拾得図 The Eccentrics Hanshan and Shideかんざんじっとくず

解説

顔輝(がんき)は南宋末から元時代の画家で道釈人物画をよくしました。不気味に破顔大笑する寒山と拾得の姿を生々しく描いています。禅画の伝統にのっとり、粗放な線で勢いよく表された衣文も見どころです。足利将軍家の後、織田信長(1534~82)、石山本願寺などに伝来しました。


 寒山(かんざん)と拾得(じっとく)は、中国、唐の時代に、天台山国清寺(てんだいさんこくせいじ)に住み着いて、雑事や掃除をしていたという、伝説的な二人の人物です。異常ないでたちで、普通の人には理解できない言葉や行為を繰り返していたといい、現世や堕落した仏教界を批判するような寒山の詩がのこっています。後に、常識にとらわれない生きざまや反骨精神が、禅の世界で尊崇されるようになり、東洋絵画の主題として人気を博していきます。
 この作品は二幅で一組で、向かって右側の幅に腕を組む寒山、左側に箒を持つ拾得を描きます。二人はぼさぼさの髪で、目を三日月型にし、白い歯をむき出しにして大きく笑っています。目元や口元、小鼻などの輪郭には、墨と絵の具の線が丁寧に何度も重ねられ、生々しい肉体の実在感が表現されます。対照的に、衣の線は太い筆であらあらしく引かれ、二人の高い精神性が抽象的に伝えられます。顔を細密に、衣服を粗放にして、対比を強調するのは、禅宗の人物画における伝統的な手法ですが、この作品では特に、一見奇妙とも見える、寒山と拾得の強烈な笑顔を、見る人に強く印象付ける効果も担っています。
 作者とされている顔輝(がんき)は、13世紀から14世紀に活躍した、中国元時代を代表する人物画家です。色彩を巧みに活かした、迫真的な肉体表現が高く評価され、その作品は早くから日本でも珍重されてきました。この作品は、足利将軍家から、織田信長、大阪にあった石山本願寺(いしやまほんがんじ)など、有力な武将や大寺院を渡り歩いてきたといいます。日本の近世期の画家へ、大きな影響を与えたとも指摘されている作品です。

メタデータ

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2026/05/18