日本特産のヒノキ科の常緑高木。高さ30~50メートル、径1~2.5メートルに達し、樹齢は800年に及ぶ。幹は直立し、赤褐色の樹皮が縦に裂けて薄くはがれる。雌雄同株で4月頃に雄花と雌花がつき、球形の実を結ぶ。本州の福島県以南、四国、九州の屋久島までの山地に自生し、信州木曾の檜林は青森のヒバ林、秋田の杉林とともに三大美林に数えられる。
縄文時代より桟橋の杭とされたり、その繊維で籠が編まれたり、杉とともに暮しを支える樹木であった。『日本書紀』に檜材を用いて瑞宮(みづのみや)を造営すべきとあるほか、檜垣(ひがき)、檜皮葺(ひわだぶき)、檜扇(ひおうぎ)、檜笠(ひがさ)など(『枕草子』など)、その用途は多彩であった。中世には寺院の檜杉林を守るため小木でも盗切を禁じると定めた。『洛中洛外図屛風風』では檜皮葺の屋根は天皇・将軍・摂関家に限られていた。近世には城下町建設などにより木曾、飛彈(ひだ)、紀伊、土佐などから大量の檜材が伐出され、資源保護のため材木奉行を置き、指杉檜(さしすぎひのき)という増殖法がとられた。近代、特に第2次世界大戦後、大量伐採により天然の檜はほぼ伐り尽くされ、人工造林が主流となった。檜の造林面積の大きい県は、岐阜・高知・静岡・和歌山・三重・愛媛・長野など。
檜材は芳香と光沢があり、木理(きめ)が通直かつ緻密で耐朽性に富み、加工しやすく狂いにくいため、宮殿や社殿などの建築材のほか、船舶、仏像、風呂桶などの用材とされた。樹皮は檜皮葺のほか錨縄や筏縄などに、槇皮(まいはだ)は板のすきまの詰物に利用された。葉や材から得た精油は香料や薬用、溶剤となるが、神事で木をこすって火をおこすのにも用いられた。小枝により豊作祈願をする風習もある。園芸品種も多く、また盆栽、生け垣などとして植栽される。
関連するひと・もの・こと
長寿の木として知られる、日本特産の針葉樹。檜などとともに古代より用材として重宝された。
ゴマノハグサ科の落葉高木。木目が美しく光沢があり、軽いうえに耐湿性に富み、用途の広い樹木。檜などとともに板材として重宝された。
三重県伊勢市に鎮座し、奈良時代の古式を伝えて全国から参拝者を集める神社。檜などは建築材や神事にも重宝した。
長寿や高潔の象徴。景勝地には欠かせない樹種。檜や杉と同じ針葉樹で、神木としても知られる。
桜とともに古くから日本人に親しまれたバラ科の花。また、杉・檜などとともに神木としても知られる。
日本では古くから生命力の象徴として信仰され、また生活用具、装飾・観賞用など幅広く利用されてきた。草花・樹木ギャラリーの一つ。
色彩の美しさ、枝のしなやかさで古くから親しまれてきた植物。草花・樹木ギャラリーの一つ。
カキノキ科の落葉高木。古くから栽培され、食用の果実をはじめ用途が多く、暮しを支えた。草花・樹木ギャラリーの一つ。
バラ科の落葉樹。美味しい果実、節句に飾る花として日本人に親しまれてきた。草花・樹木ギャラリーの一つ。
古くから日本人に親しまれた花。バラ科。アジア東部からヒマラヤにかけての広い地域にみられる。草花・樹木ギャラリーの一つ。
本で知る
貝原篤信,永田調兵衛
江戸時代の本草書。貝原益軒著。宝永6 年(1709)刊。巻11園木に「錐ニテモメハ火ヲ生スル故火ノ木ト云、其心ヲヒテト云油アリテヨクモユ」とみえる。益軒(1630 - 1714)は江戸時代の本草学者、儒学(朱子学)者。本書は、日本の博物学的本草学を確立した、江戸時代前期の代表的本草書。本編16巻、付録2巻、図譜(諸品図)3巻。中国の『本草綱目』掲載品種を基礎に、和漢洋の動・植・鉱物1362種を独自の分類法で分類し、名称・起源・形状・紅葉などを解説。
岩崎常正,写
檜を香木類に分けて紹介する。『本草図譜』は江戸時代の代表的な植物図譜で、筆者岩崎灌園(1786 - 1842)の実見した本草約2000種を写生・彩色して、山草・湿草・毒草などに分類したもの。全96巻のうち、文政13年(1830)に巻5から巻10までの6冊が出版されたが、印刷・刊行されたのはこの6冊のみで、以後は灌園の原本を画家に模写させて予約者に配布するかたちで続けられた。掲載の図は、国立国会図書館が所蔵する田安家旧蔵本のうちの1冊から。田安家旧蔵本は、『本草図譜』としては稀な完本で、優れた画家に模写させたと思われる良質な図が多いことで知られている。
『庶物類纂』は、加賀藩主前田綱紀が京都の本草学者稲生若水(1655 - 1715)を招いて編纂した博物書。延享4年(1747)完成。中国古典籍類などから動物植物鉱物の記事を集成、分類し、実物によって検証したもので、日本の博物学史上画期的な業績。若水は編纂中に没したが、その後は幕府の官撰事業として若水門下の官医丹羽正伯らが引き継ぎ、全1054巻をもって完成とした。全体を26属(草、花、鱗、介、羽、毛、水、火、土、石、金、玉、竹、穀、菽 、蔬 、海菜、水菜、菌、蓏 、造醸、虫、木、蛇、果、味)に分類。正伯が幕府に献上した浄書本465冊が江戸城紅葉山文庫に保存され、のち内閣文庫に伝来した。重要文化財。
[中村[テキ]斎] [編],山形屋
江戸時代の図解事典。20巻。儒学者・本草学者の中村惕斎(てきさい、1629 - 1702)著。寛文6年(1666)成立。天文・地理・動植物などについての精確な図に和名・漢名・注記を付した啓蒙書。
太安萬侶 [編],前川茂右衛門
奈良時代の歴史書。『古事記』上巻に、「八俣遠呂地智(ヤマタノヲロチ)の姿は八つの頭と八つの尾があり、その身には「蘿(日陰葛)」と「檜(ヒノキ)」と「椙(スギノキ)」が生え、その長さは谷八つ、山八つにわたる」とみえる。この国立国会図書館所蔵本は寛永21年(1644)刊本。
写
奈良時代の勅撰の歴史書。『日本書紀』神代上に、素戔嗚尊があごひげ・ほおひげを抜き散らすと杉に成り、また胸の毛を抜いて散らすと檜に成ったとみえる。杉などは船の用材に、檜は立派な宮殿の建材にせよと言ったという。この国立国会図書館所蔵本は『日本書紀』の巻一、二のみの室町末期の写本。巻一、二は神代巻で、中世には神道書として尊ばれた。本文に墨の訓点、読み仮名、朱の読点などがあり、欄外、行間にも書入れが多い。これらは講釈の体裁を存するが、二筆からなるようである。第1冊第1丁表に「持主秀存」、第1冊巻一尾題下、第2冊第1丁、巻二巻首・末丁表に「秀存」の墨書がある。秀存については、比叡山の再興に努めた同名の僧(1598年没)がいるが、同一人物かどうか明らかでない。
奈良時代の歌集。『万葉集』巻1(雑歌)に、「藤原宮之役民作歌」として「淡海乃国 衣手能田上山之 真木作苦 檜乃嬬手乎(ヒノツマテヲ)」とある。近江国の田上(たなかみ)山の檜の丸太を八十宇治川に浮かべて流しているという。持統天皇の藤原宮遷都のために駆り出された民の労苦を詠む。掲出の国立国会図書館所蔵本は慶長元和年間(1596 - 1624)の古活字版。古活字版『万葉集』には無訓本と付訓本とがある。本書は付訓本である。付訓本は無訓本を底本とし、本文行間に片仮名の訓の活字を入れたものである。江戸時代の流布本となった寛永20年(1643)版の『万葉集』はこの付訓本の覆刻整版である。榊原芳野旧蔵本。
平安時代前期の歌物語『大和物語』。五間ばかりなる檜皮(ひわだ)屋の裏に土屋蔵などがあるが、人のいる気配がないとある。檜皮は屋根葺の用材として檜から採取した樹皮(樹齢70 - 80年以上の立木から採る)。『大和物語』の原型は10世紀中頃(天暦年間(947 ‐ 957)頃)に成立かとされる。川瀬一馬『増補古活字版之研究』によれば、古活字版は慶長元和年間(1596 - 1624)刊の十一行本以降10種に及ぶという。この国立国会図書館所蔵本はそのうち元和年中(1615 - 1624)刊の十二行本(イ)種の系統だが、他の伝本と比較すると異植字本で、別版と思われる。大型花弁浮き出しの丹表紙。印刷原題簽がある。漢字に墨書の振り仮名を付す。第1冊13丁裏末行と14丁第1行、第2冊31丁裏末行と32丁第1行は文章が重複する。幕末明治期の国学者榊原芳野(1832 - 81)の旧蔵書。
清少納言 [著]
平安時代中期の随筆。『枕草子』の「花の木ならぬは」の段に「檜の木」が人里近くには生えていないものの、「殿づくり」に用いられると記される。この国立国会図書館所蔵本は寛永年間(1624 - 44)の刊と推定される平仮名交じり13行の古活字本。書名は通称による。各巻末書名は「清小納言」。川瀬一馬著『増補古活字版之研究』にいう第3種本の(ィ)種に属するもの。慶長期(1596 - 1615)の刊とされる10行本、慶長元和(1596 - 24)頃刊の12行本に続いて刊行され、慶安2年(1649)刊の整版本のもととなった。本文は、近世において流布本の位置にあった伝能因所持本系統。巻1‐3の見返しに「敬茂」と墨書される。幕末・明治初期の国学者榊原芳野(1832 - 81)の旧蔵書で、ほかに2種の印記がある。
清少納言 [著]
平安時代中期の随筆『枕草子』の「檜扇は」の段。「檜扇は むもん から絵」とあげる。檜扇(ひおうぎ)は、無地で唐絵(中国風の絵)のものが良い、という。檜扇 は、ヒノキの薄板20 - 30枚を綴り合わせた板扇で、 平安時代より束帯、衣冠などの服飾品として、あるいは笏(しゃく)の代用として用いられた。 身分により板数が定めがあった。この国立国会図書館所蔵本は寛永年間(1624 - 44)の刊と推定される平仮名交じり13行の古活字本。名は通称による。各巻末書名は「清小納言」。川瀬一馬著『増補古活字版之研究』にいう第3種本の(ィ)種に属するもの。慶長期(1596 - 1615)の刊とされる10行本、慶長元和(1596 - 24)頃刊の12行本に続いて刊行され、慶安2年(1649)刊整版本のもととなった。本文は、近世において流布本の位置にあった伝能因所持本系統。巻1‐3の見返しに「敬茂」と墨書される。幕末・明治初期の国学者榊原芳野(1832 - 81)の旧蔵書で、ほかに2種の印記がある。
〔紫式部//著〕
『源氏物語』夕顔の巻に、「此家のかたはらに、ひかきといふ物あたらしくして(この家の傍らに檜垣というものを新しくこしらえて)」と見える。檜垣は、ヒノキの薄板を斜めに編んで張った垣根。また葵の巻に「檜破子」(ひわりご、檜の薄板で作った折箱、弁当)、真木柱の巻に「檜皮色」(黒みのある紅色)がみえる。この国立国会図書館所蔵本は慶長年間(1596 - 1615)の古活字版。『源氏物語』の最初の刊本とされ、平仮名活字を使用した本としても最も初期のものといわれる。他に知られる伝本は、阪本龍門文庫および実践女子大学図書館の所蔵本のみ。両者とも欠本があるのに対し、本書は全冊揃いで、保存の良い美本である。ただし、「夕顔」全冊と「蛍」「野分」「柏木」に補写がある。料紙や筆跡はもとの刊本とよく似ていて、刊年に近い時期の補写と考えられる。
鎌倉時代初期の説話集。『宇治拾遺物語』巻8に、大風大雨に傷んだ殿舎の復旧に努める舎人(とねり)が、蓑笠をつけ、蓑の上に縄を帯にして巻き、檜笠(ひがさ)の上から頤(あご)に縄をからげるという恰好で、鹿杖をついて走り回り、手当の指図をしていると描かれる。檜笠は、ヒノキの薄い板を材料に網代に組んでこしらえた笠。この古活字本は寛永年間(1624 - 44)頃のもの。
飯田忠兵衞
鎌倉時代初期の紀行文学。貞応2年(1223)4月に京都を出て伊勢路をとって足柄山を越え鎌倉に着くまで、および鎌倉滞在と5月の帰京の途までを記す。『海道記』に、檜笠をかぶって装いとする出家の身、藁沓(わらぐつ)を履いて乗物とする遁世の道とみえる。檜笠は晴雨兼用の旅人の必携品。 この国立国会図書館所蔵本は寛文4 年(1664)刊、京都。「鴨長明海道記」として出版されたことから(題簽書名は「長明海道記」とする)、作者を鴨長明(1216年没)としてきたが、同説は否定されている。
上田秋成 著,富士貸本出版部
江戸時代中期の読本。上田秋成(1734 - 1809)作。『雨月物語』巻之四に、檜破子(ひわりご)打ち散して喰つつあそぶとみえる。檜破子は檜の薄板でこしらえた曲げ物の弁当。一面に弁当を広げて吉野の野宴を楽しむ光景。同書は明和5年(1768年)序、安永5年(1776年)刊。早稲田大学図書館所蔵本の版元は文煥堂。
檜材
東京国立博物館
昭和19年(1944)、東京。檜和琴(ひのきのわごん)3点など。和琴は日本固有の楽器で、弦の数はもと5つであったのを奈良時代に6つにしたとされる。上面の玳瑁(たいまい)張りの下に金箔を押し、樹木、走る獣、狩猟人物などを描き、また紫檀を張って蔓草文の螺鈿細工を施し、蔓には金線を埋めるなど、技巧が駆使されている。
神宮徴古館農業館 編,神宮徴古館農業館
昭和16年(1941)、宇治山田(三重県伊勢市)。伊勢神宮の神宮祭祀器具のうち御火鑚(ひきり)具、丸甑(こしき)、火桶、結(むすび)灯台を紹介する。火鑽臼にはヒノキ材、火鑽杵にはヤマビワ材を使用するのがよいとされる。
写
御殿内各部の畳敷、板敷、屋根の檜皮葺(ひわだぶき)部分などを色、記号で表示する。一括資料との関係から江戸時代前期のものと推定される。
澤田員矩 [著]
鳳闕御殿の檜皮(ひわだ)図。澤田員矩は大坂の人で、18世紀中頃(宝暦9年など)の活動が知られる。
だるまや書店 編,だるまや書店
大正14年(1925)、 大阪。熊野桧扇(ひおうぎ)の文様12点を紹介する。
東京美術学校工芸美術会
大正10年(1921)、東京。熊野新宮の手筥と檜扇(ひおうぎ)を紹介する。
服部元彰, 藤田克三 撰,[ ]
明治10年(1877)序。樹種ごとに形状、適地、培養、材質、効用などについて記載する。
中村達太郎 編,米倉屋書店
明治22年(1889) 、東京。屋根職編に屋根板、藁葺、檜皮葺(ひわだぶき)などを紹介する。
栃木県内務部
明治24年(1891)、宇都宮町 (栃木県)。檜などの挿木、植付、植栽時期、林地面積などについて問答形式で説く。
藤岡直蔵 述,島根県邑智郡農会
明治31年(1898)、川本村 (島根県)。檜皮(ひわだ)について記載。
塩沢健 著,有隣堂
明治37年(1904)、 東京。杉・檜の疎伐(そばつ、間伐)についての実際的な方法を説く。
農林省 編,朝陽会
昭和9年(1934)、東京。林制史資料を豊臣時代以前、江戸時代の幕府領、諸国の大名領などに分けて多数収載する。類別の編年目次を付す。本書は尾張名古屋藩領の分。
帝室林野局 編,林野会
昭和12年(1937)、東京。歴史的概観に次いで、地域ごとの天然生林、造林、また老大樹などを記載する。
帝室林野局 編,林野会
昭和12年(1937)刊、東京。九州地方の熊本藩領や幕府領など、中部地方の名古屋藩領など地域ごとに紹介し、また伊勢皇大神宮領・日光東照宮領などの分布も記載する。
木材経済研究所 編,木材経済研究所
昭和16年(1941)、東京。素材、板、盤、挽割、挽角などに分けて紹介。
維管束植物標本画像
もっと知りたい
狩野永徳筆,By Kanō Eitoku (1543-90),東京国立博物館,Tokyo National Museum
安土桃山時代、天正18年(1590)。檜の大樹が幹をうねらせ、大枝を振りかざす豪放な形態と濃密な色彩、描かれているモチーフは檜と岩、群青の水面のみ、色の数も少ないことで、檜はいっそう力強く迫ってくる。天正18年豊臣秀吉が智仁(としひと)親王のために造った八条宮(のち桂宮家)邸の襖絵だったと考えられている。安土桃山時代を代表する絵師永徳(1543 - 90)の最晩年の作品とされる。
狩野派,Kano School
江戸時代前期、17世紀。洛中洛外図は桃山時代後期に成立し、江戸時代まで続いて作られた風俗画。京都の市街と郊外の名所や旧跡、四季折々の行事などを一望のもとに描く。同じ狩野派の永徳(1543 - 90)の手になる上杉本では檜皮葺(ひわだぶき)の屋根は天皇・将軍・摂関家に限られ、寺院の瓦葺、武家の板葺、町屋の板屋根、農家の藁葺・茅などおよそ分別されていたことがうかがえる。
伝 俵屋宗達,Attributed to Tawaraya Sotatsu
江戸時代前期、17世紀。画面を対角線で区切るように夥しいまでの松の緑の塊が連なり、左上方の金地空間と鮮やかな拮抗をなす斬新で奇抜な構図。松の樹間には宗達がモティーフとして採用した槙や檜も描かれており、宗達作品を想起させる。
森狙仙筆,By Mori Sosen,亡九鬼隆一郎相続財産法人寄贈,Gift of the Estate of Kūki Ryūichirō,東京国立博物館,Tokyo National Museum
江戸時代、19世紀。ニホンザルの親子が檜の木に登る姿が描かれる。森狙仙(そせん、1747 - 1821)は江戸時代後期の絵師で、森派の祖。主に動物画を描き、なかでも『秋山遊猿図』など猿画を得意とした。
耕漁,-,東京市日本橋区吉川町二番地 松木平吉 松木 平吉
「檜垣」は能の曲目、三番目物。世阿弥の老女物。檜垣で囲った庵から老いた白拍子の霊が現われ、美しい舞姫の時代の奢りの暮らしぶりゆえに地獄で永遠に業火の水を汲む苦しみを語り、老体の舞を舞い、僧に救いを求めて去る。
国貞
文政12年(1829)。歌川国貞(三代目豊国、1786 -1865)は江戸時代の浮世絵師。画讃の一つは松翠子蔭広の「酔こゝろほとよくかよふ夜桜の花に扇の風はいとはし」というもの。
豊国〈2〉,倭 和多守、百花園 満盛、和調亭 末永
天保2年(1831)。二代目歌川豊国(豊重、生没年未詳)は江戸時代の浮世絵師で、作品は天保5年頃のものまで知られる。落款印章に天保二卯年元旦豊国筆と記す。画中に「和調亭末 青柳の眉もひらくや桧扇に初日まはゆくかさす宮ひめ」とみえる。
-,(死絵),平相国清盛〈4〉中村 歌右衛門
嘉永5年(1852)上演の役者絵。画中に「檜扇のかなめもおれてよびもとすちからもぬけしをちかたの空」とみえる。
貞信筆,瀬原捨松
明治24年(1891)。二代長谷川貞信(1848 - 1940)は明治時代から昭和時代にかけての大坂の浮世絵師。引札は、江戸時代から大正時代ころの商店広告の石版刷りのビラなど。図柄は御簾の前で桧扇(ひおうぎ)を手にする女房と百花。
仏像・仏具などの檜
奈良国立博物館,Nara National Museum
平安時代、12世紀。檜材寄木造、漆箔、彩色。
奈良国立博物館,Nara National Museum
鎌倉時代、建治1年(1275)。ヒノキを赤く染めて檀木(だんぼく)に似せた材を用い、着衣部には截金(きりかね)文様による装飾を施す。鬢髪(びんぱつ)が額上の天冠台にからむ装飾的な髪型や、膝下で着衣の縁が波打つ表現、卵形の顔、理知的な趣の表情など、中国宋代の美術の影響が顕著。像内納入品の『般若心経』奥書により僧乗信を願主として造立されたこと、像底墨書により大阪四天王寺内の蔵華蔵院(ぞうけぞういん)の本尊であったことが知られる。
奈良国立博物館,Nara National Museum
南北朝時代、14世紀。檜材寄木造。釈迦は6年間の苦行ののち山を出たという。その様子を表現した本像は背を丸め、木の枝を杖として歩む姿をとる。頰のこけた頭部、肋骨が浮き出した体などの描写は迫真的である。中国・日本の禅宗美術では出山は重要な主題の一つだった。本像もその影響下での作とみられ、螺髪(らほつ)を表して頭頂の肉髻(にっけい)部分を無毛とする形式など、禅宗絵画と共通する要素がみられる。三重県津市の福蔵寺伝来。
奈良国立博物館,Nara National Museum
南北朝時代、14世紀。岡山県弘法寺(こうぼうじ)より伝来した木製彩色透彫りの華鬘。団扇形の檜の薄板2枚を重ねて文様を透彫りし、周囲に金銅覆輪をめぐらし、中央に縦に金銅打出しの総角形金具を鋲留めしている。透彫りの文様は1面を菊花、他面を牡丹としており、漆下地に白土をおき、その上に緑青・群青・朱・代赭などを彩色している。
奈良国立博物館,Nara National Museum
鎌倉時代、13世紀。絹本著色掛幅。広々とした山水景観の中に千体近い地蔵菩薩が雲集する様子を描く。上方左寄りに御蓋山(みかさやま)と春日山および春日大社の朱塗り社殿が点在していることから、地下に地獄があると信じられた春日野を表している。下辺中央に地獄道、右幅に餓鬼道、左端に畜生道(ちくしょうどう)、上方右端に阿修羅道、中央左端に土塀に囲まれた檜皮葺(ひわだぶき)の建物を描く人道、上辺左方に天道を配しており、ここでは春日野の地が六道輪廻(りくどうりんね)の苦しみに満ちた穢土(えど)に見立てられている。
本願寺第8世蓮如(1415 - 99)の肖像。僧剛襟付きの黒衣に白い袈裟を着け、高麗縁の上畳に左を向いて座す。蓮如の気骨溢れる人柄を偲ばせるような、生彩に富んだ表情が見て取れる。右手は檜扇(ひおうぎ)、左手に念珠を持つ。
檜扇・檜垣・檜皮など
東京国立博物館,Tokyo National Museum
平安時代、12世紀。埼玉県熊谷市妻沼経塚出土。檜扇(ひおうぎ)はヒノキの薄板20〜30枚を綴り合わせた板扇。平安時代から束帯、衣冠などの服飾品として用いられ、笏(しゃく)の代用ともされた。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
静岡県沼津市西野の千鳥道経塚より出土。平安時代、12世紀。金工。最大長13.0、 幅1.4センチ。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
江戸時代、19世紀。薄く細い檜板を綴じ合わせた檜扇(ひおうぎ)。女性用の檜扇は、胡粉(ごふん)地に極彩色の文様を描き、要に蝶鳥金具を置き、両端の上部から紅・白・萌黄・紫・黄・薄紅の飾紐を垂らし、色糸製の造花を添えた。これをかざして顔を隠す用途もあり、大翳(おおかざし)と呼んだ。
京都国立博物館 Kyoto National Museum,Kyoto National Museum
染織。明治~昭和。
京都国立博物館 Kyoto National Museum,Kyoto National Museum
染織。明治~昭和。
京都国立博物館 Kyoto National Museum,Kyoto National Museum
12世紀後葉から樹木が左に伸びる定型構図に籬(まがき)を加えるようになり、やがて本鏡のように装飾的な垣の表現が定着する。日常のモチーフをより写実的に描こうとする当代の意匠性が強く表れている。主文線が垣の背景に沈まぬよう、梅樹の幹を太く、花鳥も高肉気味に表現されて、鏡工人の配慮がうかがえる。
平安時代後期頃から和鏡独自の文様表現が見られるようになるが、鎌倉時代に入ると、より複雑な表現がなされるようになる。平安時代以来の植物・鳥類の文様を踏襲しつつ、そこにさらなる表現を付け加えていく。代表的なのは、籬(まがき)・桧垣(ひがき)などの垣根や、洲浜の情景を配した文様であり、こうした表現が加わることにより、写生的・絵画的な文様となる。
坂本五郎氏寄贈,九州国立博物館
15世紀、室町時代。金工(鉄鋳造)。蓋径12.8、口径12.4、最大径17.3、総高18.3センチ。
信楽,Shigaraki ware,東京国立博物館,Tokyo National Museum
室町時代、15世紀。肩部に檜垣(ひがき)文がめぐらされた中世信楽の小壺。穀物などの貯蔵用として使われていたが、茶の湯の世界で花入(はないれ)として取り上げられた。人が背を曲げて丸くしゃがみこむ姿に似ることから「蹲(うずくまる)」と呼ばれ、茶人の間で好まれた。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
安土桃山~江戸時代、17世紀。沈箱は香木をしまい置くための箱。表面は全体を黒漆塗として、金の平(ひら)蒔絵に絵梨子地(えなしじ)をまじえて、檜垣(ひがき)と菊枝の文様を表わしている。菊枝の描き方は比較的に古様だが、蒔絵の技法は桃山期に流行したいわゆる高台寺蒔絵の特徴を示している。
京都国立博物館 Kyoto National Museum
「ひわだすみとり」。覚々斎(1678 - 1730)は表千家6代。号は原叟(げんそう)、流芳軒。
東京国立博物館
漆工
東京国立博物館,Tokyo National Museum
安土桃山~江戸時代、16~17世紀。鉢は鉄黒漆塗の一の谷形で、縁を金の沃懸地(いかけじ)とする。後立(うしろだて)にあやめの一種である馬藺(ばりん)の葉をかたどった檜製の薄板を放射状に挿している。三河の岡崎藩士であった志賀家の祖が豊臣秀吉から与えられた兜と伝える。
檜垣文様(着物)
東京国立博物館,Tokyo National Museum
江戸時代、18世紀。染織。唐織(からおり)は中国渡来の織物、またそれを真似て織った織物で、金襴、緞子(どんす)、繻珍(しゅちん)、繻子(しゅす)などの類をいう。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
江戸時代、18世紀。法被(はっぴ)は広袖に仕立てられた脇の開いた装束で、金襴(きんらん)や錦(にしき)など煌びやかな織物で仕立てられる。両脇に帯状の襴(らん)をつけ、前身頃と後身頃とをつなぐ。武家で好まれた瓢箪の模様は、武将役が鎧の代わりに着用する法被にふさわしい。
アンリー夫人寄贈,Gift of Mrs. Henry,東京国立博物館,Tokyo National Museum
江戸時代、19世紀。紺に染めた縮緬地に、紅葉や松、秋草模様などを白上げにした風景模様は、武家女性の日常着の様式的なデザイン。近代以降、御所解(ごしょどき)模様と称されるようになる。
京都国立博物館 Kyoto National Museum,Kyoto National Museum
染織。桃山時代。
京都国立博物館 Kyoto National Museum,Kyoto National Museum
江戸時代、18世紀。染織、締切り段替、絵様絵緯繍取り織、金糸入り。丈145.5cm 、裄66.8cm。
檜扇文様(着物)
東京国立博物館,Tokyo National Museum
江戸時代、18世紀。几帳(きちょう)・檜扇(ひおうぎ)・牡丹・雲気文などの吉祥文に秋草模様が組み合わされた小袖。刺繍と友禅染めによって細やかに模様が表わされる。縮緬(ちりめん)地は藍で染められ、江戸時代後期に特徴的な落ち着いた色調である。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
江戸時代、18世紀。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
江戸時代、18~19世紀。打掛(うちかけ)は、秋から冬、春にかけて着用する、表地と裏地の間に厚く綿の入った女性の上着。間着とよばれる着物をきて、掛下帯を締めた上からはおる。桧扇(ひおうぎ)という王朝好みの雅やかな模様は、婚礼の場やお正月のような晴れの日にふさわしい。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
江戸時代、18~19世紀。打掛(うちかけ)の下につける帯のことを掛下帯という。江戸時代後期には武家の女性の衣装のデザインは様式化し、掛下帯には四季折々の花束や花の折枝を散らした模様を総刺繡で表わす様式となった。菊と檜扇(ひおうぎ)の模様は宮廷風の雅を好んだものか。
東京国立博物館
江戸時代、19世紀。染織。帷子(かたびら)は夏衣装の一種で、江戸時代には麻の単(ひとえ)物をさした。装束の下に用いるほか、小袖の表着とされる。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
江戸時代、19世紀。風景模様を表わした刺繡入りの帷子(かたびら)は、中臈(ちゅうろう)以上の御殿女中、あるいは大名家の婦女が着用したものと思われる。腰上に寝殿、琴、檜扇(ひおうぎ)が桜の間に配されており、『源氏物語』の花散里の巻、腰下の蓑笠と御所車は能「通小町(かよいこまち)」を表わした留守模様。
野口眞造氏寄贈,Gift of Mr. Noguchi Shinzo,東京国立博物館,Tokyo National Museum
江戸時代、19世紀。紅の絞りと金の刺繍で檜扇(ひおうぎ)を表わし、長く垂れた飾糸が全体を漂う。開いた扇は末広がりであることから江戸時代を通じて好まれた吉祥文様。
京都国立博物館 Kyoto National Museum,Kyoto National Museum
江戸時代、19世紀。染織。小袖仕立、紅綸子地、梅牡丹藤菊花車と中啓文様、絞・繍、留袖。花葉・花車・檜扇(ひおうぎ)の一部を絞にて白上げ、または鹿子とし、それに紫・緑の濃淡、金糸の繍糸を加えている。中振袖、裏紅絹。丈157.5cm、裄62.5cm、袖丈57.0cm。
京都国立博物館 Kyoto National Museum,Kyoto National Museum
かがやくような白繻子(しゅす)地に、鉄線唐草文を銀で摺りつめ、背や腰、袖の部分の檜扇(ひおうぎ)と草花を組合せた繍文様をあらわした、繍入(ぬいい)りの摺箔(すりはく)である。摺箔は能の女役の着附で、通例は刺繍は加わらないが、とくに手の込んだものにはこのように美しい文様が配されるのをみる。これは備前池田家伝来というが、一種可憐な文様や色調が、同家におびただしく伝えられている装束の、とくに江戸時代後期の縫箔や摺箔に通じ、その伝承がうなずける。
京都国立博物館 Kyoto National Museum,Kyoto National Museum
明治時代。染織、染分木綿地、振袖。寸法は丈124cm、裄50cm。
京都国立博物館 Kyoto National Museum,Kyoto National Museum
大正時代。染織。寸法は丈92.0cm、裄45.5cm。
奄美大島,Amami Ōshima Island,大和良子氏寄贈,Gift of Ms. Yamato Ryōko,東京国立博物館,Tokyo National Museum
琉球の第二尚氏時代、19世紀。ドギンは琉球の祭事にノロ(神女)が着用する上衣。通常、ドギンの下に「カカン」というスカート状の裳(も)(裙(くん))を着用する。このドギンは、日本の友禅染のキモノを仕立てかえている。
九州国立博物館
琉球第二尚氏時代、19世紀。木綿単糸平織、型染め、片面染め。丈91.5、裄64.5センチ。
沖縄本島,Okinawa Main Island,東京国立博物館,Tokyo National Museum
琉球第二尚氏時代、19世紀。寸法は丈97.0、裄62.1センチ。
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奈良国立博物館,Nara National Museum
重要文化財。平安時代、12世紀。檜材寄木造。新薬師寺に伝来した十一面観音像で、南都の平安仏に多いいわゆる板光背(いたこうはい)を伴っている。目を伏せた優しい表情、なで肩で華奢(きゃしゃ)な体型、浅く穏やかな彫りでまとめられた衣文などに平安時代後期彫刻の典型的な特徴が認められるが、体軀(たいく)に比して頭部が非常に小さいプロポーション、肉身や着衣のいたって簡潔な造形など、その作風はユニークである。
奈良国立博物館,Nara National Museum
重要文化財。平安時代、12世紀。胸前で智拳印を結ぶ金剛界の大日如来像で、右足を上にして結跏趺坐する。頭体の主要部は当初は檜の一材から彫り出し、前後に割り矧ぎ、割首とした、いわゆる一木割矧造りの構造であったかと推測される。
奈良国立博物館,Nara National Museum
重要文化財。檜材寄木造。この像は、奈良国立博物館保管の増長天像、興福寺に残る広目天像、現在は広島・耕三寺にある持国天像とともに一具の四天王像を構成していた。構造は多少の違いがあるものの、ともに檜材で頭体部を別材製とし、頭部は一材から、体幹部も大略一材と背板材から木取りして大きく内刳り、瞳や甲の飾り等の細部を別製貼付とする。制作期は鎌倉時代初期と判断されよう。
奈良国立博物館,Nara National Museum
重要文化財。鎌倉時代、建長8年(1256)。檜材一木造(割剥)、彩色、玉眼。愛染明王は愛染貪欲をそのまま浄菩提心に昇華させる明王とされ、煩悩即菩提を説く密教の尊像。像内に納入されていた経典の書写奧書や、台座底面に金泥で書かれた銘文によれば、建長8年正月晦日に、西大寺中興の祖とされる叡尊の高弟であった寂澄が、山城国相楽郡東小田原華台院において、像に納める『瑜伽瑜祇経』の書写を終え、同年3月12日から4月1日までの間に像の彫刻が行われた。作者は仏師快成で、快尊・快弁が小仏師として参加した。台座銘には「東大寺大仏殿正面取替柱切」を用いて造られたと記されている。治承4年(1180)12月に平重衡の率いる軍兵の放った火により、聖武天皇本願の東大寺大仏殿は焼け落ちた。その再建は建久6年(1195)に成ったが、その節に取り替えられた柱の余材を用いた造像らしい。像を詳しく調べると、台座の框に何ヶ所かの干割れがあり、その部分に布を貼って補強した上で用いている。つまり問題のある材を無理して使っているわけであり、焼け残りの柱材を転用した可能性が高いように思われる。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
重要文化財。鎌倉時代、13世紀。十二神将(じゅうにしんしょう) は、薬師如来(やくしにょらい)という仏が従える12人の武装した守護神。十二神像のうち未神(みしん)で、ヒノキの木から彫り出し、全体に色を付ける。東京国立博物館は12体のうち5体を所蔵。京都浄瑠璃寺旧蔵。
奈良国立博物館,Nara National Museum
重要文化財。鎌倉時代、13世紀。優美な形の小厨子の中に、板絵の両界曼荼羅を安置する。厨子の表裏とも同様な扉を取り付け、両面から画像を見ることができる。図は檜板に布着せをし白土下地を施した上に彩絵して表現される。小画面の中にきわめて精緻な表現が見られるのが特筆される。図様は空海が請来した現図曼荼羅の系統にしたがう。諸尊の肉身は肌色、朱隈を施し細墨線で描き起こす。着衣は朱、丹、緑青で塗り、衣文線は墨線で引く。蓮華座の蓮弁は朱丹で塗りわけ白線でくくる。諸尊の童顔風な面貌描写、明るくて質の良さをうかがわせる顔料、細緻な截金文様や彩色の美しさは平安後期の雰囲気を伝える。黒漆塗の厨子も同時期のもので、同様に平安後期の遺風を伝えている。聖衆来迎寺旧蔵。
東京国立博物館,Tokyo National Museum
重要文化財。鎌倉時代、13世紀。檜扇(ひおうぎ)を組み合わせた円文を、金の研出(とぎだし)蒔絵を用いて描く。散らし文様を洲浜状にまとめた文様構成は鎌倉時代に大いに流行した。
京都国立博物館 Kyoto National Museum,Kyoto National Museum
国宝。室町時代、明徳1年(1390)の奉納。染織、長40.3センチ
伝土佐光信筆,Attributed to Tosa Mitsunobu,東京国立博物館,Tokyo National Museum
重要文化財。室町時代、15世紀。像主は黒の袍(ほう)と浅葱色(あさぎいろ)の指貫(さしぬき)を着し、右手に檜扇(ひおうぎ)を持つ衣冠姿である。襖絵や鏡台が描き込まれ、また小画面であるため、公的な肖像画とは別種の親密さ、臨場感を感じさせる。土佐光信(1434? - 1525?)は室町時代中期から戦国時代にかけての大和絵の絵師。
「出目満昆」焼印,With the branded mark “Deme Mitsunori”,東京国立博物館,Tokyo National Museum
重要文化財。江戸時代、17~18世紀。「雪の小面」の面裏の特徴を写している。樹種はヒノキ材。鼻の頭に二重丸のような傷があり、鼻裏の肋骨状のノミ跡が左右の辺にある。満毘こと出目満矩(でめ みつのり、?-1729)は江戸時代中期の能面師。号は洞水。
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「尾鷲ひのき」が高名。尾鷲市は三重県の南部、紀伊半島の中ほどにあります。漁業と林業が盛んです。全国有数の雨の多い地域で、丈夫なひのきが育つと言われています。「尾鷲ひのき」と呼ばれるひのきは年輪がつまっていて、粘り強く美しい建材として全国に出荷されています。2004年に世界遺産に登録された熊野古道の中でも馬越峠の石畳の道は、当時の趣きを残しているとされています。2005年放送。
檜の森。八溝山(やみぞさん)は茨城県の最高峰(標高1022メートル)を誇り、福島、栃木との県境にそびえています。山の7割はスギ、ヒノキの森です。江戸時代、水戸藩が植林を進めたことで、古くより関東への木材の供給地として栄えてきました。2012年放送。
檜ブランド「宍粟材」。兵庫県の中西部の宍粟市(しそうし)は面積の9割を森林が占め、江戸時代から林業で栄えてきました。杉やヒノキは「宍粟材」というブランド名で知られています。この宍粟材を使って作られた木工製品や家具は、全国に流通しています。手延べそうめん「揖保乃糸」も宍粟市の名産です。2008年取材。
伊勢神宮の檜の森。境内125の社全てが、式年遷宮と呼ばれる儀式によって20年毎に建て替えられます。神宮の周囲に広がる深い森では、遷宮で使うための檜が育てられています。2013年放送。
常陸太田市
木造千手観音立像 檜材一木造り 県指定文化財 像高350cmと八郷の立木観音に次ぐ県下第2位の巨像。圧倒される大きさとともに、重圧さと量感にあふれた像で、彫りの深い端正で面長な顔立ちである。平安時代の末期金砂の合戦で前の千手観音が焼損したため、鎌倉時代になって新たに制作したもので、胎内供養札に寛元2年(1244)の銘。 木造不動明王立像 檜材一木造り 県指定文化財 像高162cmと等身大である。不動明王には珍しく姿態に誇張がない。迦楼羅(かるら)炎と呼ばれる火焔の光背は失われている。右の目は地を見渡し、天地眼(てんちがん)といって世界の全てを見通していることを表す。古い天台形式で千手観音の脇侍となっている。制作年代は平安時代。湛慶作と伝える。 木造多聞天(毘沙門天)立像 檜材一木造り 県指定文化財 像高168cm。いかめしい容姿のうちに気品があり、腹部には鬼面の彫刻がある。忿怒相で口を閉じ、左手には宝塔、右手には剣を持ち、やや腰を左にひねり、右足を少し開いている。古い天台形式で千手観音の脇侍となっている。制作年代は平安時代。湛慶作と伝える。 木造女神像 檜材一木造り 県指定文化財 像高115cm。双髪を結び、髪は両肩に垂れ、簡素な刻みであり、おしいかな相の部分は失われている。両手を胸前で供手し、いかにも女神らしい静かな姿である。上衣の刻みと背部の腰帯の刀痕には、力強さが見られる。制作年代は平安時代。湛慶作と伝える。
「ひのきの升」の産地。大垣市は岐阜県の西南部にあり、江戸時代から城下町、美濃路の宿場として栄えました。松尾芭蕉がおくのほそ道の旅を終えた「芭蕉ゆかりの地」です。市内には全国有数の自噴帯があり、各所で地下水が湧き出ています。全国有数の「ひのきの升」の産地として知られ、近年は升を使った照明やストラップなど、さまざまな商品を開発しています。2006年取材。
檜皮(ひわだ)葺きの社殿。日本一長い長距離路線バスの旅。近鉄大和八木駅を発ち、紀伊山地を越え、JR新宮駅に至る、全長168キロ。大和八木駅から117キロ、およそ5時間でバスは奈良と和歌山の県境へ。和歌山県田辺市本宮町です。聖地・熊野の中心、本宮大社(ほんぐうたいしゃ)はこの近くにあります。ここにある檜皮葺きで作られた3つの社殿は、世界遺産に登録されました。バスの旅の終点となる新宮市には熊野速玉大社があります。2008年放送。
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世界最古の木造建築。建材として檜が使われている。所在地は奈良県生駒郡斑鳩町。
国立科学博物館附属自然教育園内に生息している生物の種名や写真を調べることができる。
国立科学博物館筑波実験植物園内の植物を検索することができる。研究者ノートなど専門的な解説もある。
名称の由来、日本各地の分布、建築材としての特徴、芳香などの産業利用などを紹介する。
国産材および世界中の木材の種類、特徴などを紹介する木材図鑑。檜の木目、材の特徴、用途などを紹介する。
木曽ヒノキについて、特徴などが簡潔にまとめられている。
植物・花の基本情報、育て方などについて「趣味の園芸」の講師陣が執筆。園芸相談Q&Aや特集コーナーがある。「NHKみんなの趣味の園芸」(NHK出版)公式サイト。
参考文献
- 平凡社
- 小学館
- 瀬田勝哉 著,朝日新聞社
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- 最終更新日
- 2026/01/05